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モーリシャス、インド洋の風 [セルフィッシュ・ジャーニー]

レユニオンにいるなら、と知人が日本から情報をくれた。

レユニオンには、「ブルボン」の名を抱くもう一つの名品、幻のコーヒー、ブルボン・ポワントゥがあるって。
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ふーん、と話半分にラインの文面を見ていたが、視察先のフランス農業研究機関CIRADが、一度絶滅しかけたこの香り高いコーヒー(カフェインが0.05%、そのためアロマが際立つと言われる)を再生栽培させることに成功したと試飲をさせてくれたことにより、俄然”幻度”の信憑性が増し、早速どこで買えるのかを、恐れ多くも案内してくれたDr. Grisoniに尋ねてしまう。
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博士は丁寧に、ここは研究機関だから販売はしていないしスーパーなどにはもちろん無いから、といくつかのブティークを紹介してくれた。

その後見学した植物園で、実際のポワントゥ(pointu、英語のpointは尖っているという意味)の木と葉も見て、レユニオンで何を買うべきかと逡巡していた隊員達の期待最高潮に達するも、145g約4000円という値段にドン引き、爆買いには至らず。
(ただ一人の元議員を除いては)
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その時、日本ではUCCが100g8000円超で売っていることを知っていたら・・・

帰国後飛び交う情報に、隊員達の悲鳴止まず。



まる一日以上かけてはるばる極東の島国から飛んできたインド洋の楽園を、たった3泊というツァー独自のスケジュールで立ち去れない。

準備の段階でそう踏んだ長年の香料ツァー仲間由香さんと私は、最後にバンコク回りで帰国の途につく隊員達と分かれ、二人お隣のモーリシャスへ飛ぶ。
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地上の楽園という言葉があてはまる場所は世界に数知れずあろうが、さすがヨーロッパの伝統的リゾート地モーリシャス、私の中では経験値に無い極上の風土。
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10月のモーリシャスは冬。

昼間は30℃まで気温が上がるがからりと快適、マリンスポーツにはもってこい。
夜は涼しい風が吹き抜け、羽織るものが必要なくらいだ。
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朝7時集合という視察最中の緊張感が解け、写真が全部心置きなくリラックスしているのが我ながら情けない。
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こんな快適な気候は、アジアでは絶対に味わえない。

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インド系リゾートホテルの先駆者、The Oberoi Mauritiusは名に恥じず、インド洋の風を存分に堪能できるストラクチャー。
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お約束のサニーサイドアップとパンケーキは合格点である。
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部屋に届けられたスイーツは、到着日に自撮りした写真がプリントされたケーキ。
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(FBからスタッフが読み取ったらしい・・・)

ディナーの席で披露されるモーリシャスの伝統的なダンス、Segaは、打楽器の強いリズムにひらめく白いコスチュームの裾がとても華やかだ。
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二人快楽に漂う写真に向け、48時間洗顔・シャワー無しで、雨のバンコクトランジット中の隊員からテポドン発射される。
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本当に申し訳なくも、まだ隊員のキズナを深めつつサバイバルしているみんながちょっと羨ましくもある。




さてこちら、どうでも良いことに執着するのは酔っぱらいの常。

南半球では排水の水流が北半球とは逆になるというコリオリ効果をどうしても試したい。


何が了解です、よしっ!なんだか意味が分からん。

さらに便器に座りコリオリをググるも、便器中の大きな水流を確認するまでには至らず中途半端。
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一応セオリーどおり、左巻きという結果を得られて満足する。



散歩はドライバーを雇って、イギリスの植民地であったモーリシャスの紅茶ファクトリーを見学に行く。
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昔は100軒近くあったという紅茶の農場は今、たったの2軒。
丘の上にあるティーハウスで10種類近くの紅茶の試飲ができる。
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モーリシャスの首都ポート・ルイスへも足を伸ばす。
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私の想像をはるかに超えた近代的なビルと、植民地時代のオールドシティが混在する美しい陽光に溢れた町である。
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昔は暗黒大陸と呼ばれた大きな大きなアフリカ大陸の東側に、ぽつんぽつんと3つ並ぶマダガスカル、モーリシャス、レユニオン。
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お互いの距離はさほど遠くないが、文化や風土はそれぞれに経てきた植民地支配という濾紙を通して、全く異質に存在している。

レユニオンは今でさえフランスの一部分であり続け、職の無い人にも十分な補償が与えられ、早くに独立したマダガスカルよりのんびりと豊かに思える。
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何が幸せで、何を豊かだと思うのかは、数日の旅行者には計り知れない。
先日旅してきた「世界一幸せな国」ブータンでも同じことを考えたように思う。

ともあれ、ブータンのエマダツィと同じように、今度は持ち帰ったバニラで、旅の味を反芻する。
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そして旅は道連れ。
由香さん、楽しい旅のお付き合いありがとうございました。
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また是非行きましょう!
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レユニオン島、バニラ香る島 [セルフィッシュ・ジャーニー]

レユニオン島(Reunion)に行ってきた。

と言っても、この島がどこにあるか、首を傾げる人が圧倒多数だろう。
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レユニオンを知らなくても、ブルボン(Bourbon)という名前はよく昔のコーヒー店名になっていたから、耳触りとしてはこちらの方がポピュラーかも知れない。

マダガスカル島の東、インド洋に浮かぶ九州ほどの大きさのレユニオン島は、16Cからフランスとイギリスに交互に植民地支配され、その度にルイ13世が名付けたブルボンという名と新名レユニオンを目まぐるしく島名として繰り返した。

気温が年間を通じて21〜28℃という寒暖差の少ない暖かい気候と長い間敷かれていた奴隷制度に基づく労働力を利用して、香りの王国フランスは、様々なエッセンシャルオイルの香料原料をここで歴史的に盛んに栽培し、質の良いエッセンシャルオイルを大量に獲得することに成功した。
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よってアロマテラピーを本気モードで勉強する時に、エッセンシャルオイルの原産地として、レユニオン島ほどテキストに頻出する地名は他になく、その度に我々生徒達は「これはどこのことなんだ?」と頭を疑問符でいっぱいにしながら必死で覚え込んだものだ。(原産地はテストに出ます)

一昨年参加したマダガスカル香料視察ツァーの時に、レユニオン島がマダガスカルのすぐ隣にあることに気付き、ああ、ここにいたかレユニオン島とはたと膝を打った参加アロマセラピストは少なくなかったはず。
しかし過酷なマダガスカルツァーの後にそこまで足を延ばそうというツワモノはおらず、どちらかといえばツワモノ系の私も後ろ髪を引かれながらすごすごと帰国した。
今年同視察ツァーがレユニオンだと知り、二つ返事で参加を決めたのは、ベクトルの同じ元マダガスカル隊員がほとんどだ。

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トイレットペーパーとカロリーメイトに僅かな緊張感が漂うも、赤い水着と希少ワインというパッキングは、フランス領という現状をふまえ、見知らぬ島へ渡るにしてはどこか楽観ムード。
顔見知りの多い今回のツァーゆえ、僅かな自由時間に想定される酒盛りの準備も入念に(笑)。

最後のモーリシャス航空プロペラ機の23キロ手荷物許容制限は、ワインボトル搭載でも我が家のパウダールームの体重計をクリアー。

やった。

心置きなく飛んでいける。
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・・・・しかし、遠い。

時差は5時間だから経度的には真裏というわけでもないのに、羽田を00:30に飛び立ってドバイ、モーリシャスでトランスファー、レユニオンのサンドニ空港着は23:00。
時差5時間をプラスするから実際には28:00、実に27時間半ほぼ半眠程度で辿り着くのである。
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そうして行き着く島は、島中に甘い香りの漂う楽園。
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ああ、旅ってだから素敵だ。




レユニオンの視察目的香料は二つ。
バニラとゼラニウムだ。

数百種類あるといわれるゼラニウム、その中でも我々が実際に出会い使用するエッセンシャルオイルとしては、ミント調の香りを持つものやスパイシーなものなど5〜6種類、特にローズと同じゲラニオールを多量に含むゼラニウム・ブルボン(Pelargonium x asperum)は、まさにレユニオンの名を抱く最高級品。
その栽培農場と蒸留ファクトリーを見学する。
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日本でよく窓下に置く、シトロネラ臭の強い虫除け目的のゼラニウムとは格段の差がある、甘いフルーツのような香しさ。

DISTILLERIE DE GERANIUMによるオイル採取率は、0.001%(300kgの花から300ccのエッセンシャルオイル採取、西島メモ)。




強烈に印象を残すのはバニラ栽培。
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研究機関CIRAD(フランス国際農業関連団体)始め、いくつかの農場とファクトリー、農協を見て回るうち、最後にはキュアリング(乾燥熟成法)はおろか、一人の奴隷の若者が編み出した感動の受粉方法まで言えるようになる。

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もともとカカオとサトウキビの栽培が盛んだったこの地に、メキシコからバニラを持ち込んで栽培し、まずはチョコレート製造を目論んだのが、レユニオンでのバニラ栽培のスタートと聞く。
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原産地のメキシコには、ラン科のバニラの受粉を助ける特殊な蜂が棲息しているが、レユニオンにはその蜂がいないため、受粉はすべて人の手によって行われる。
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サボテンの刺で行われる受粉は一つの花に2秒。
細かい仕事が得意な女性の仕事である。

めしべとおしべの間には壁のような仕切りがあるため、それを優しく倒して受粉を行う。
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なんとも気の遠くなるような、繊細で膨大な仕事だ。
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この受粉方法を考え出したのは一人の奴隷。
その成功を見ないうちに彼は病死、その数年後に奴隷制が廃止されたという逸話は、どの農園、ファクトリーでも語られるエレジーだ。
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グルメ王国フランスのスイーツ、料理に欠かせないバニラが、こうして己の夢を採取した名も無い若者の力がスタートだったこと、何時の世も強国の繁栄を支えるのは、レユニオンやマダガスカルのような安価な労働力を持つ熱帯気候の貧国であることは、香料の産地を訪れて毎回唯一気の沈むことである。
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ともあれ、Y先生と愉快な仲間達は、今回もよく食べ、よく飲み、よく語ったのである。
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両手に紅白ワインなヒト。
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九州からは薩摩焼酎を、千葉から地酒を。
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ありがとー。
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13人、バニラの島を駆け抜ける。
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パロ、虎の巣(事件その10〜11) [セルフィッシュ・ジャーニー]

若さを羨むことは最近無くなった。

古い蛇ほど柄がいい。

名言だと思う。

しかし一旦旅に出ると、体力面はともかく、その国の懐にぐんぐん入っていこうとする息子達の好奇心と順応性には舌を巻く。
そこは羨ましいと心底思う。



遭難一歩手前の山越えを終えたばかりというのに、次クニは立ち寄ったホテルのロビーでエスニックインスツルメントバンドHAPPINESS(仮称)結成中である。
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やけに楽しそうである。
早く酒飲んで休みたいなんて思っている古い蛇は置いていかれるのである。


今回最後のAmankora、国際空港のあるパロのそれは部屋数27、the largest of all of Amankora。
針葉樹林の中に石畳を配し、ひと際洗練された高原のリゾート感を盛り上げる。
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個室の間取りはプナカとほぼ一緒の、ケリー・ヒルデザイン。
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メインダイニングもどこかイタリアンレストラン風である。
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そこで食べる、だし汁をかけたBhutanese Inaniwa Noodles。
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私だったらせめてホタテじゃなく鯛をのせタイ。
勉強になりました。


薪と松ぼっくりを美しく組み合わせたシグネチャー的ストーブが再び登場。
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ああ、高地ブータンにまた抱かれるのだなあと思う。
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パロではこの旅最大の目玉、Tiger's Nest、タクツァン僧院へのトレッキングが持ち受ける。
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人間の足で近づける道があるとは到底思えない屏風のように垂直に切り立った崖に、まるで空から舞い降りて来たように建つこの僧院を見て、比較的歩くのが好きで丈夫な自分の足に、初めて不安を覚える。

しかし、為せばなる、為さねばならぬ何事も。
そう言い聞かせて育ててきた息子の前で弱音は吐けない。



僧院は標高3200m、登山口は2100m。
途中、標高2800mの唯一のレストハウスが、高所への体調を整える場所でもあり、登山リタイア組の待ちぼうけ場所でもある。

おふくろ、そこで待っててもいいよ、と息子は予め労り(=憐れみ)の言葉をかけてくれるも、憐れまれれば憐れまれるほど、古い蛇の柄は鮮やかさを増すのを知らないな。

行くぞ。
元ガールスカウトの底力を見せてやる。
(何十年前の話だか・・)



登山口から見上げる僧院は雲の上である。
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雲上への階(きざはし)を登れるなら、普段山登りの機会など無い自分にはいい還暦記念になるだろう。

道は整備されておらず、雨季のこの時期は泥だらけでかなり滑り易い。
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朝8時に登り始めた時に着込んでいたダウンも、ほどなく脱いでひたすら前へ、前へ。
後ろを振り向いたら心が萎えそうである。

2時間近く登って、一面赤土と針葉樹の緑の中に、タルチョ(5色旗。経文が版木で印刷され、5種類の色はそれぞれに天、風、火、水、地を表す。天に近い高所まで持っていき、張り巡らすと願いが叶うとされている)が見え出し、唯一のレストハウスに到着。
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日本なら救護所でも設けられるところだろう。
結構な標高なので、軽装で登る観光客の中には体調を崩す人もいるだろうに、そういうサポート体制はほとんど整っておらず、自己責任となる可能性が大。



まだ3人余裕の表情である。
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ここで甘い紅茶(ガシャ)を飲み、さらに上へ。

レースのように垂れ下がる羊歯(?)が美しい。
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ようやく仰ぎ見るだけであった僧院が目線よりやや上までくる高度まで登ってくる。
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嬉しがってるけど、此処からがキツい。
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岩肌に張り付くように儲けられた階段を登り下る。
(せっかく登ってきたのに下るって・・・・)
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ただのスロープより階段の分、足を数10センチ上げなきゃならない。
その数10センチがもう出来ない。
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3000m超の標高で身体能力もかなり奪われていると感じる。

ここで…

事件その10:カラン、カラーン…
ダショーが3000mの谷底にカメラのキャップを落っことす。

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「いい音がしました」

さすがダショー。
精彩放つコメントである。

この谷底に落っこちてるカメラのキャップやiPhoneの類い、きっと数知れず。
何千というFind iPhoneのアイコンが奈落の底を指すであろう。




しかし、遂にコンプリーテッド!!
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……

(下りるのはさらに辛かった…)

下り道で、我々もタルチョを張り巡らし、それぞれの願いを唱える。
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次クニの願いは、そして私の思いとは。





最後の夜、ディナーにはナショナルコスチュームを着てダイニングへ、とのホテルのお計らいで、衣装が部屋に用意される。
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分からないのでテキトーに着てダイニングへ行くと、スタッフがわらわらと寄ってきてお色直しを。
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次クニはまるでお内裏様とお雛様。
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(……笑えよ…)

ブータン&Amankora、素晴らしい。

出立の朝にはご祈祷まで授けてくださった。
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事件その11:サングラスかけた坊さんのご祈祷(意味は分からない)がツボにはまって笑いを必死に堪えていたら、横でダショーも打ち震えていた…
バチあたりな二人である。



Wonderful Bhutan.
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(車のナンバープレートまで唐辛子色)

Wonderful Amankora.
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幸せの国。
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ひとまずのお別れである。
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プナカ、子宝寺(事件その8〜9) [セルフィッシュ・ジャーニー]

CertainlyはAmankoraスタッフ共通のお返事であるらしい。
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ゴとキラに身を包んだどのスタッフに何を頼んでもCertainlyが返ってくる。
一歩下がって確約する、なかなかいい英語だなあと思う。
(Tashiも長々言い訳止めて、一言これを言えば株が上がるのになあ・・・)
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この時期のブータンの昼過ぎに降り出す雨は、夜中に激しくなり朝まで残る。
なかなか外での朝食が叶わない。
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雨でもどうしても外で食事したいといえば、Certainly!と傘を差し掛けてまで用意はしてくれるのだが。

世界的パンケーキ&サニーサイドアップコレクター(自称)としては、国木であるサイプレスの林に浄化されながら食事したいけど。

フツーのサニーサイドアップ。
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フツーでないパンケーキ。
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焦げ具合とブラックベリーソースの黒光り度がハンパない。
これがブータンのパンケーキ解釈ということで承知しました。


さてその朝食のテーブルは、プナカから最後のディスティネーション、パロ(Paro)へ向かう途中に寄ることになる子宝祈願寺チミ・ラカン(Chimi Lhakhang)で大盛り上がりである。
性のタブーを超越したブータンの男性器信仰発祥の寺といわれ、参詣すると男性器形の棒で頭をペチペチされるみたいです、と本日のクニちゃん小ネタ情報。
オノマトペ的にぐっとくる。


その寺は長閑な田園風景の中の小高い丘を登り切ったところにある。
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行けば民衆に炊き出しもやっているきちんとした寺で、決して奇習というワケではない。
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古今東西、体外受精など思いもつかない時代や地域で、不妊に悩む女性に寄り添ってきたのは常に信仰であったろう。
各地に散らばる子宝祈願の寺はどの国でも枚挙に遑がない。

事件その8:Tashiは早口英語でチミラカンのご利益説明をし、その儀に及ばんとする次クニには「いい子ども達に恵まれるように祈願せよ」と言い、私の前に来てちょっと言いよどみ、「ま、あんたはフツーにGood Luckを願いなさい」みたいにまとめる。
年齢制限あるんだな、やっぱり。
(例によって寺院堂内は撮影禁止なので、衝撃映像無し)

周囲の村もそれ一色。
これだけあるともはや具象デザインにしか感じられない。
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チミ・ラカンとは犬がいない寺という意味。
ラカンが「寺」だとすると、チミだけで「犬が居ない」だろう。

どう考えても語数が足りなくないですか。
ダショー大西、俄然ブータン語に興味が湧いてきたらしい。


帰国してブータンに行ってきたというと、ほぼ100%「世界で一番幸福な国なんでしょ」と返される。
その度にどう返答していいか迷うが、この国の至る所にいる犬達を見ていると、確かにそうなんだろうと思う。
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この四肢を投げ出してその辺に転がっているのがブータン・スタイル。

どの犬も無駄に吠えたり歯を剥き出したりせず、我々と目が合えばおずおずと寄ってきて、「あのー、頭撫でてもらってもいいですか」みたいな謙虚な愛情のせがみ方をする。
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犬が人間の傍でこんなにもおっとりと生きていられるのは、そこにいる人びとがみんな愛情深く、殺生や攻撃を好まないということなんだろう。

プナカのAmankoraの吊り橋のたもとに待機している白足袋犬。
ゲストが橋を渡ると狂喜乱舞、ロッジまでのバギーを必死で追ってくる。
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ドブ好き。
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ブータン人が幸せかどうか、それを測る尺度を私は知らない。

少なくとも、他を羨まない幸せ。
他と自分を比べない幸せ。

中国とインドという強権国に挟まれながらも、観光客を制限して独自の文化を守り育てている国では、それを感じる。


チミ・ラカンでご利益を頂き、これはもう天上にも昇る思いで、再び2500mの高地パロを目指し、来る時と同じロングワインディングロードを辿る。
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早く途中のティンプーで、素敵なランチ食べましょう的なノリの中・・・

事件その9:人里離れた山道で、車のクラッチがブレイクダウン、全く動かなくなる。
例の峠手前で泥道の上り坂だが、車を捨ててとにかく峠目指して歩けとTashiに言われる。
近くの村から救援車頼んで(ジャ、JAFってブータンには無いの?)Tashi 自身は故障車とドライバーと現場に残ると言う。

それなら我々も一緒にそこに留まっていても良いのでは?と疑問抱えつつ、三人で人気の無い山道を登り出す。
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雨は降ってくる、たまに通り過ぎるトラックからは「お前ら、何やってんだ」的な罵声は飛ぶ、これじゃ遭難するわと思った頃、遂に次男が「やっぱりムリだ。(Tashiのところに)戻ろう」と決断し、私とクニちゃんは即座に声を揃えた。
「Certainly!!!!」(言ってないけど)

ランチ時間はとうに過ぎ、お腹もぺこぺこ。
道ばたの露店でキュウリの浅漬けやトウモロコシを買って食べる。
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これ、マジ、Amankoraが極秘で用意したサバイバルアトラクションかと一瞬思ったけど。
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トウモロコシは今まで食べたことが無い無類の固さと味の無さ。
露店で飼われている犬もそれは分かっているらしかった。
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Tashi はなぜ、私たちを先に歩かせたのか。

Tashi、あんたの幸福度ってなに?
チミ・ラカンのご利益はどこへ?
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プナカ、ゾンゾンゾン(事件その6〜7) [セルフィッシュ・ジャーニー]

ティンプーより1000mほど標高が低いプナカは、二毛作の稲がぞっくりと生育している田んぼに囲まれて、この時期ややむっとする蒸し暑さを感じる。
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2つの異なる自然環境のティンプーとプナカとを行き来する生活習慣が昔からあったようで、ティンプーが恒久首都となっても、冬季温暖なプナカとの2ヶ所に生活基盤をおいている人は、今でも少なくないという。

プナカでは国内最大のゾンを観る。
クニちゃんと次男の鼻息は、隣室まで聞こえ来るのである。

ゾン。
Dzong。
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(パロのゾン)

これをなんと定義すべきか。
一つの県に一つずつある寺院と地方行政の中核の建物、つまり県庁のようなものなのだが、古くはチベット軍の攻撃に供える要塞でもあり、聖人が瞑想した場でもあり、歴史と権力を思いっきり集約した、その地方で一番力こぶを入れて技術のすべてを注ぎ込んだゴージャス建造物、というようなざっくりとした解釈でいいと思う。
(次男に一蹴されそうな稚拙解説である)

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(プナカのゾン)

建築を勉強する者にとって、ブータンの建築技術の粋を集めたゾンはまさに究極のディスティネーション。

プナカのゾンは男川と女川(本当の名前はなんなんだ・・・)の合流する三角の岸にそびえ立つ堂々とした建物である。
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屋根付きの美しい橋(ザム)を渡って要塞の中に入場すると、2つの中庭を挟んで、複雑な彫刻とペイントに彩られた他に類を見ないキュンレイ(講堂)や高楼が立ち並ぶ。
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プナカ・ゾンのザムはドイツのNGOの援助で復元。

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複雑過ぎ、巨大過ぎて、美しいのかどうかという判断基準すら摩耗してくる。


こちらは全てのゾンの中で最も美しいと謂われるカーヴィングを施されたパロのゾン。
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色調も彫刻の技術も規模もそれぞれに違うが、ここに政治と宗教という最も巨大な権力を集中させて国を司ろうとするベクトルは同じ、まさにヨーロッパの豪華絢爛なカセドラルに相対した時のような気持ちになる。
無機質なマテリアルで構成されてはいるが、建築とは人の手によるものだけに、人間の感情を包容し蓄積し、後世その前に立つ者に、内包した情熱を雄弁に語りかけてくるものだと思う。



次男とクニちゃん(以下次クニと略)はゾンに夢中、こちらは、あなたのホリデーのためなら何でもしますTashiの言うように、飲むことと食べることにも専念したい。
(このTashiの枕詞が、本心でないような気がしてきたのはこの頃だったろうか?)

ゾン観光から帰ってディナーまでの一休み。
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部屋にワインを頼む。
これもホリデーの楽しみでしょう。

事件その6:白ワイン1杯飲みたいなってノリだったのに、クーラーに入ってボトルまるまる1本が届く。
滞在中の飲食全てがincludeのオールインクルーシヴシステム。
返って恐ろしや。

一人部屋だっちゅうのに。
もうすぐご飯食べにいくっちゅうのに。
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いくら私が酒飲みでも。



ささ、お待たせしました。
ブータン料理である。

次クニと私は、結果的にブータン料理に超ハマったのである。

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もともとは家庭料理、観光客に出す料理ではないブータン料理は、あらかじめ事前にオーダーしておかないと用意が無い。
どうみても欧米観光客にはハードルが高そうな、レッドスチームライスに、チリ満載の辛い煮込み総菜をかけて食べるスタイル。

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私たちはシェフが聞いてくれさえすればディナーにブータンキュイジーヌをオーダーし、どのAmankoraでも必ず一晩はそれにした。
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ついには民家へ上がり込み、家庭の主婦が作るブータン料理を振る舞われる幸運に遭遇。(Amankora、用意周到なんである)
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酒類販売の一般的でないブータンの、家庭蒸留酒アラを飲む機会にも恵まれる(万歳)。
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事件その7:あぐらをかいて円座に加わったTashiの黄色いパンツが丸見えだった。ゴの下って、夏は何も履かないのね、ホントに。
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後日談になるが、ブータン料理で一番代表的なエマダツィ(チリとチーズの煮込み)はここの奥様の作るのを見学、クニちゃんが空港の本屋で隠し撮りしたレシピを送ってくれたため、帰国後すぐの軽井沢で早速料理に及んでみた。
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なんか、違う・・

ってか、明らかに違う・・

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(これ奥様の鍋&正しいエマダツィ)

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(私の鍋&私的エマダツィ)

クニちゃんが欲しがったキッチュな打ち出しのキッチンツールもとりあえずアップする。
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私が欲しかったのは、市場でみたヤク(Yak)のソーセージとチーズ。
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ロイヤルブータンエアライン搭乗前に取り上げられるのは必須なので買えなかった。

ちなみに垂涎のヤクのカルパッチョ。
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フツーに出てきたヤクバーガー。
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固ーい・・・

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I love Bhutanese cuisine.

嗚呼。






プナカ、棚田を行く(事件その4〜5) [セルフィッシュ・ジャーニー]

高地ティンプー、9月初旬は雨季の最後にあたり、夜の雨が残って朝はダウンを着込むほど寒い。
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すべてのAmankoraに共通のdon’t disturb。



次の訪問地プナカ(Punakha)を山越えで目指す前に、市内のブータン建築を見る。
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ブータンの建築は、石積み等の組積構造と木造真壁工法部分が組み合わせられ、その壁にペイントされた装飾が色彩豊かで、地上の虹と呼ばれるほどに美しい。
特に窓枠の形と色彩の美しさは際立っている。
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首都ティンプーでは、民家のみならず政府管轄の公共建造物も多いため、豪奢で堂々とした建築物に出会うことが出来る。
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事件その4:民家はもちろん、市内のどんなに立派な建造物でも、屋根だけはペラペラのトタン屋根。石積みの基礎部分の重厚さから目を移すといきなりのハシゴ外され感がハンパない。建築に携わる者として屋根デザインをブータンに広め、日本人として二人目のダショー(農法を広めた日本人西岡氏に授与された爵位)獲得をクニちゃんが画策し始める。

道すがら見る民家もその伝統工法にのっとって、一階が土壁の家畜スペース、二階が木造真壁の住居スペース、その上に屋根裏のような風通しのよい吹き抜けのスペースをとってトタンの屋根を載せる。
農家ではその屋根の上に、ブータン料理に欠かせない真っ赤なチリを干しているのが普通だ。
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Tashiによると、このチリ、ほぼ一ヶ月干しっ放し。
豪雨も強風も多い時期、コンプリートされるのは半量くらいかと心配してしまうが、そこはブータン人、鷹揚なんである。

軒先や門の上には男性器を象った厄よけのオブジェを頂く農家も多い。
(こんなもんで顔を赤くしていては度量が小さいことを後に知ることになる)
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これらの家々が緑の懐に抱かれている様は、どこか日本の原風景のようでもあり、アルプスの山麓を見ているようでもあり、のどかで心がしんとする。
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目に飛び込んでくる鮮やかな赤はチリだけではない。

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僧侶見習い中の若者が着る袈裟の赤は、重厚なラカン(寺院)建築にひと際映える。
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あるゾン(Dzong)の中の僧院で、若者達が祭りのための激しい踊りを練習しているのを見学したが、真っ赤な袈裟が宙に翻り、それはそれは美しいものであった。
寺院の堂内はすべて撮影禁止なので、写真が無いのは残念である。


ブータンの国内移動はすべて車である。
ヒマラヤ山系に抱かれた山国であるため、道路はほとんどが碓氷峠を何十回も繰り返すような泥のオフロード。
もちろん街灯もガードレールも無く、崩れかけて片側が無い場所もあり、一日の最大の走行距離は150km程度だ。

高地ティンプーから川沿いの旧首都プナカへ。

途中の峠に建設された仏塔ドチュ・ラは標高3,150m、この区間で唯一のトイレ休憩。
天気がよければヒマラヤ山系が一望できるはずだったが、あいにくの小雨まじりの濃霧。
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雲上の理想郷といった風情。
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ブータンでは公衆トイレの設備はほぼ皆無。
移動ではいつも心の隅に青空トイレの覚悟を。

だから、このカフェ付設トイレの男女サインもありがたくて拝みたくなる。
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「普通はこの峠越えはみんなcar sickになるけどねー」というTashiの言葉なんかものともせずにあっちに寄り、こっちに寄りして5時間近いドライブを楽しんでプナカへ着いてみれば、そこは緑の棚田が広がる心安らぐ田園風景。
(後にこの道で遭難しかけることはこの時点ではまだ分からないのである)
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プナカのAmankoraは5つのAmankoraの中で最も小さな8室のファシリティー。
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渓流を吊り橋で渡って到達する。
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ダイニングの入るメイン棟は、伝統工法の農家をリノベイトしたもの。
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宿泊棟はケリー・ヒル。
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ティンプーとはやや違う間取りだが、窓のデザインが繰り返され、ずっと同じホテルに居るようなリラックスした雰囲気を醸し出す。
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テラスで遅めランチ。
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事件その5:ここで白ワイン2杯あおった後、天童の山寺の3倍くらいありそうな山頂寺へトレッキングに駆り出される。
次男に今回の旅行の主導権を握らせたのが間違い。どS!
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やはり渓流を渡る吊り橋の麓から、可愛らしい道案内犬が桃太郎のお供のように一緒に山を登ってくれる。
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白ワイン2杯なんて、吹き出す汗と共にとっくに体外排出。

これでレベル1か(Amankoraお勧めのトレッキングコースには難易度が示してある)と先行き超不安になる急勾配を約1時間かけて登り切ってみれば、絶景かな。
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ブータンの心がそこにあった。




ティンプー、天空の首都(事件その1〜3) [セルフィッシュ・ジャーニー]

おお!

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啓徳空港以来の感動かもしれない。
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両側を深い切り立った山岳に囲まれた谷へ、バンコク発インドKolkata 経由(だるい…..)Druk Airはまるで緑に吸い込まれるように着陸していく。
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保有機、わずか4機。
ロイヤルブータンエア、あっぱれな腕前。
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機内食のお味もなかなかである。
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事件その1: 経由地があるため、3時間半のフライト中、2回ご飯が出る。1回目めで真剣に食べてしまった。



空港のあるParoから車で約1時間半のブータンの首都Thimphuは、標高2400m、軽井沢とほぼ同じくらいの気温である。
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学生はもちろんのこと、町はまだ西欧化されていない民族衣装の人びとも多く、独特の濃い色彩に溢れている。
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織り姫達の織る布は、極彩色と言ってもよいくらいの濃い色合いだが、独特の建築の装飾がそうであるように、したたるような自然の緑に抱かれてあまりにも美しい。
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また、男性のゴ(GO)は日本の着物を腰で膝辺りまでたくし上げたような形、独特のストライプやチェック柄に折り返す真っ白な袖口、黒いハイソックス、革靴と相まって、どこかスコットランド風のカッコ良さである。
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ガイドのTashi。
私たちの我が儘により、かなりブータン的幸福度を下げられた犠牲者。


首都と言えども信号機は一機も無く(ということは国中に一機も無いということである)、代わりに主要な交差点には交通整理をする警察官のポリボックスがある。
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ブータンは、その独特の文化色が面白そうで是非訪れたい国の一つであったが、政府が観光客を直接把握するため、こちらの勝手な行程で移動が出来ない面倒さがあって長らく懸案のままとなっていた。
しかしこの度、良き旅仲間を得て実施の運びとなった(笑)
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アマンリゾーツの一つ、Amankora がブータン国内に5つの拠点を持つ一種独特のスタイルを持っていることは承知していたが、それも政府の一定のルールに従ったアイテネラリを消化するためと理解。
今回はそのうちの3つを回る最低限のコース(それでも7泊9日である)を、次男、その仕事仲間のクニちゃんと3人で回ることとする。

事件その2: クニちゃんと次男がどういう仲かということが巷では大問題となっている。
(出来れば私が聞きたいくらいである)

Amankora はアマンリゾーツの代表的建築家ケリー・ヒル(Kerry Hill)が12年をかけて構想、建築した5つのロッジからなる。
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いずれもブータンの伝統建築デザインである泥壁とがっしりした木柱、12度勾配の屋根を取り入れたフォークロアな山小屋、それもとてもゴージャスなロッジといった佇まいで、深い針葉樹林に抱かれたロケーションにマッチする。
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特にこのティンプーのAmankoraは、ブータン各県に一つずつある、Dzong(ゾン)と呼ばれる伝統的な機関建造物を模しており、ロッジというよりはコートヤードを有する威風堂々たるデザインとなっている。
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朝夕は軽井沢の今がそうであるように肌寒く、ディナーは暖炉前で取る。
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観光客以外外食があまり一般的でない国で、結構なクオリティの料理を出すのはさすが。
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事件その3: 次男が勇んでオーダーしたマツタケコース、空白が多すぎる。次男とクニちゃんによって、”空白の美”と名付けられる。

ブータン料理については後述する。
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乞う、ご期待。




大阪、ファンタジーの現実 [セルフィッシュ・ジャーニー]

ハリーとの出会いは、かれこれ15年以上も前。

「Harry Potter and the Sorcerer's Stone」を読んで(もちろん原書)感想文を書くという夏休みの宿題を放棄した当時高校生のウチの劣等生に、出版されたばかりの邦訳本を買って渡したこれまたバカ親は、息子が読み終わった「ハリー・ポッターと賢者の石」を手に取り、たちまちローリングの世界に引きずり込まれてしまった。

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大学で児童文学を専攻して一応ファンタジー文学の何たるかを勉強したが、ハリー〜は正と邪の闘いという王道の構図そのままで思想的な捻りは無く、商業的な匂いの圧倒的な分量の架空要素をふんだんに盛り込んだという意味で、文学というよりは遊園地に迷い込んだような楽しさを単純に読み手に提供してくれるツールだと感じた。

果たして、すぐに映画が出来、フロリダのユニバーサル・オーランド・リゾートにはテーマパーク、The Wizarding World of Harry Potterが開園する。
新刊発売に行列ができるアディクティヴな現象も、こういうアトラクション設定に合わせたようなエンターテイメント性も、文学という点では評価は分かれるところであろうが、全世界にファンを大量生産させることのできるエネルギーと体質はスター・ウォーズシリーズ等と共通するものがあるのだろうと思う。
(スター・ウォーズの面白さは未だに全く理解できていないが)

本も映画も全巻、全作品踏破したハリー中毒者としては、USJにそのハリー・ワールドが出来たと聞いた時から行ってみたいとは思っていたが、ねえ。
オバサン一人でわざわざ大阪まで行くっていうのも、ねえ。
だいたいディズニー・ランドがあまり得意じゃないし、ねえ。
絶叫マシーン大嫌いなダンナさんも一緒に行ってくれる訳がないし、ねえ。

・・・みたいな感じでずるずる今に至っていたが、友人と急に意気投合して。


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Yeahhh, Universal Studio Japan!

ユニバーサルシティ行きのJRはハーマイオニー!
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大阪行きの新幹線に乗る数日前に、クリニックのスタッフに「USJに素手で(=何の予約も無く)行くなんて正気ですか?!」と言われ、慌ててネットを覗いたら本当にメジャーなアトラクションのファストパスは全て売り切れ。
かろうじてウィザーディング・ワールドといくつかのアトラクションに乗れるささやかなパスと入場券を手に入れた次第。

舐めてた、USJ。

しかし2時間3時間待ちの行列を尻目に、お金さえ出せば5分であっさり座るシートを確保出来るってこのシステム、子どもの夢を育てるファンタジーの世界の横に、地獄の沙汰も金次第みたいな超現実が並列してるって感じで、教育的によろしいのか。

大人の世界には、ある程度の煩わしさを金銭で解決するという構図はそこここに散らばっているが、子どもにそれをこの夢の国で見せつけるのは結構キビシい。

ファンタジーとリアリティが近い。

すごく後ろめたいけど、許してね。
オバサンは長年働いて、このファストパス買うお金を獲得したのよ。

・・・と、行列に疲れて座り込んでいる子ども達に心で勝手に言い訳しつつ、最短時間で効率よく「大人の」USJを堪能する。

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ハリー達がたまのお楽しみに出掛けるホグズミート村ではバタービール(これを一度飲んでみたかった)を飲んだり、魔法の杖を買えば(オイ!)魔法だって使える。
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魔法魔術学校となっているホグワーツ城はまさにハリー・ワールド。
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3D4Dを駆使して、まるでクディッチの試合に自分が参加しているような大興奮が味わえるアトラクションもあり、絵が喋るのもストーリー通り、トイレには嘆きのマートルまで居て、まさに映画では半分足を突っ込んだだけのハリー・ワールドに、全身でどっぷり浸かれる趣向。

小雨模様の中、大人の幻想が溶け出していく。


いつも日本から飛び出すことしか考えていないが、いやいや十分異国情緒。

コリアンタウンの焼肉、パチンコ初挑戦。
エスカレーター左側通行。

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こういう興味に引かれた小さな旅もまたいい。


まだハリー・ポッターを読む年齢に達していない孫達は、お土産のカエルチョコにも百味ビーンズにも興味無し。
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おばあちゃんがこの百味ビーンズにどんなに憧れたか知らないでしょ?

小説としてのファンタジー要素を現実に手に入れられる可能性を見せつけるという意味で、このウィザーディング・ワールドはディズニーランドとは違った衝撃がある。

孫たちは、先ず現実を手にしてからこの小説を読む。
それは手探りでバタービールやスニッチの感触を文章から手繰り寄せた私の感情と、どのような差があるのだろうか。



家では白いアナベルが咲き始める。
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私のハリーは、キッチンに吊るしたバタービールのマグからこちらを覗いている。
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私は魔法の杖を置き、努力しなければ成就しない現実のスティックに持ち替え、当然の結果に振り回される事にしよう。
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Amanoi Vietnam、チュニジアってやつは [セルフィッシュ・ジャーニー]

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一週間前に砂漠の真ん前に立ってたとは。

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(立ってないですね….)



チュニジアから帰国後一週間で日本はGWとなり、これまで一人で責任を負ってきたクリニックを長男に初めて任せた夫と共に、次男の住むベトナムへ四たび渡る。
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同じ焼け付くような太陽でも、海と砂漠のそれは、含む湿度と視界に入る緑の量と日射しを浴びる心意気で全く違う。

ベトナムは夏本番。
ねっとりとジャングルの緑が襲いかかるようなずしっとした暑さだ。
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かたや、身体の水分が急速に失われていくざらついた熱さ。
肌の上を熱い粒子が滑り落ちていく。
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何かと腰の重い夫と久しぶりの旅行なので、二度目のAmanoi Vietnam滞在はなかなか自分のペースでコトが運ばない。
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職業柄普通の夫婦よりは共にする時間も多いのだろうが、こうして旅行に出てみると、20年近く開業したクリニックを地元で守り続け、女房子どもが自由気ままに行動するのを許してくれた夫の長い時間は、私よりもずっと年を重ねたような澱となって、彼の旅への意欲や体調管理能力を削ぐのだと胸が痛い。

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早々と夫が部屋へ引き上げた後、次男とバーで徒然に話し込むも、家族と子どもが巣立った後の夫婦二人のバランスの結論は出ず、悶々とする。
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美味しくないよと次男に念を押されたが、ベトナムで唯一生産されているというDarat Wineを土産に。
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そう、美味しくなかろうと激マズだろうと、酒が飲める国、それだけでサイコー!なのだ。
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この捨てゼリフは、チュニジアを一緒に旅行した飲んだくれの相方と私が、帰国後メッセンジャーで一番先に交わした言葉だ。

いや、サハラ砂漠までワイン持っていって、あんなに毎日飲んだっしょ、と仰るなかれ。
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オレンジブロッサムも砂漠も圧巻だったが、それらと同程度にびっくりしたのはイスラム圏の酒類販売・提供のご法度ぶりだ。

舐めてた。

町にあるのはジューススタンドやカフェばかり。

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カフェには大の男だけが座り込み、酒無しで日がな一日喋りまくってる。
一種独特の見慣れぬ異様な風景だ。
聞けばカフェ、女人禁制だそうな。
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お茶して喋べり倒すのは女子の特権だと思っていた相方と私は腰抜かす。



酒はホテル以外では相当高級なレストランでも提供されない。
フランス資本の高級スーパーMonoprixにもCarrefourにも酒類販売は無し。

疲れて機嫌の悪い私のために相方が何度か食事を作ってくれたが、お酒の無い食卓って力士の居ない土俵みたいなもんなので(どういう比喩?)、遂に我々は男しか入れないというブラックマーケットに行くことに。
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(缶ビールはノンアルコール)

不思議なもので、だめだと言われれば無性に追い求めるのである。

・・・でゲットした5本前に。
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Yeahhhhhh!


砂漠で砂に突き刺して飲んだワインはそんな中の二本。
相方が大事にトートに入れて一昼夜持ち歩いたのである。
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ボトルとグラス持って万歳もしたくなるわ。

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酒は簡単に飲めないが、どの道ばたにも溢れんばかりの種類のオレンジ類が安く豊富に売られているのに感動。
毎日Monoprixで買って食べ続ける。
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さすがにオレンジブロッサムの名産地の面目躍如である。



一方、香料産業はこれまで見た途上国の例に漏れず、フランスなど主要国の企業に買い取られ、自らのプロダクツにまでは至らない蒸留所が多いように思う。
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そんな中で、政府やODAとタイアップして蒸留法と起業のトレーニングスクールも始まろうとしており、革命後今ひとつ経済の発展に至らないこの国の一つの主要産業として香料が注目される日を願ってやまない。
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独裁制が蔓延って混迷していた北アフリカの中で、平和裡に成し遂げたジャスミン革命により民主主義へいち早く舵を切ったはずのチュニジアは、今必ずしも政府の運営が上手くいっている訳ではないらしく、観光客も激減して経済は低迷、一般庶民に不満は多い。

その中でも新しい世代がヒジャブを脱ぎ捨てて世界と繋がり、何とか発展への意欲を見せてくれるところが希望でもある。
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マトマタの穴居住宅と、プロデュース担当娘のサブリナ。
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地中海と真っ青な空に映えるカラフルな息づかい。
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ネフザの蒸留所からの帰り道、コウノトリがふつーに一般住宅に巣作ってる風景を初めて見た。

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一方に広がる赤褐色というモノトーン。
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まったくチュニジアってやつは素敵だ。

酒が自由に飲めたらもっとね。

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いろいろな思いを含んで苦いベトナムワインを胃に流し込みながら、夫が自分の人生を消耗させつつ私を解き放ってくれた結果の国々を思う。

夫と飲むDarat Wineの味は複雑だ。
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クサール・ギレン、1/8m.m. [セルフィッシュ・ジャーニー]

石と、砂と、粘土の三つが、複雑にまじり合っている土の中から、なぜとくに砂だけがふるい分けられ、独立の砂漠や砂地などになりえたのか?
(中略)
さらに奇妙なことには、それが砂であるかぎり、江之島海岸の砂であろうと、ゴビ砂漠の砂であろうと、その粒の大きさにはほとんど変化がなく、1/8m.m.を中心に、ほぼガウスの誤差曲線にちかいカーブをえがいて分布していると言うことである。
(中略)
水にしても、空気にしても、すべて流れは乱流をひきおこす。
その乱流の最小波長が、砂漠の砂の直径に、ほぼ等しいというのである。
この特性によって、砂だけが、とくに土の中から選ばれて、流れと直角の方向に吸い出される。
(中略)
砂は決して休まない。
静かに、しかし確実に、地表を犯し、亡ぼしていく・・・・
 ー安部公房「砂の女」よりー



南極大陸に続く世界で二番目に大きい砂漠、サハラに到達したいという思いはずっとあって、一昨年モロッコからのアプローチを計画していたが、アフリカ西部のエボラ出血熱の大流行で断念した。

物質の乱流の最小波長と同直径の砂が、アフリカ大陸のほぼ北半分を覆うサハラ砂漠。
その規模とは。形相とは。


チュニスを中心に、まばゆいばかりの気候に恵まれた地中海沿岸のオレンジブロッサムの生育地を巡った後、私と旅の相方は縦に長いチュニジアをひたすら陸路で南下することになった。
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チュニジアの総面積は日本の本州の半分ほどしか無いので、これまでの途上国での壮絶な陸路異動に比べれば、距離的には圧倒的に楽だ。

「ラクダ注意」
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そのすぐ後にザワつく。
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それでも一区間400〜500km単位の移動なので、途中あちこちに寄り道をして気を紛らわしながら走る。

チュニジア西端のバルコニーロックに向かう道は、アルジェリア国境までわずか8km。
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この辺になると、チュニス近郊であんなに豊かに生い茂っていたしたたるような緑は一切無く、赤褐色の砂色だけの世界になる。
しかし、まだ砂漠ではない。

1/8m.m.に砂粒が達するまでは、さらに走らなければならないのだろう。

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スターウォーズのロケ地は、当時は観光客が押し寄せたようだが、今訪れるのは我々だけだ。
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イングリッシュ・ペイシェントの舞台も然り。
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客の居ない埃だらけの土産物屋にはためく売り物のターバンの色が鮮やか。
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砂漠のキツネ、フェネックは、現地の民族にペットとして飼われているようだ。
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犬は人懐こくすり寄ってくる。
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動植物の影がほとんど無いところに来ると、妙に温かい体温が恋しくなる。
車窓に流れるどこまでも均一化された景色を追いながら、日本にいる大事な人たちを思う。

途切れ途切れになるwifiをようやく繋いだ時、知人から熊本被災の報。

私たちはここで祈るしかない。
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道は果てしない。
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潅木が点在する荒涼とした砂地やアフリカ最大の塩湖の中を、ただただ真っ直ぐな最短距離の道が何百キロも続く。
だんだん距離感が無くなってくる。
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この果てしなさこそが自分が確かめたかったもの。

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身を隠す物陰というものが一切無いため、青空トイレすら不可能というエマージェンシーな状態を慮ったビジネスもまた存在する。

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Comfortって。
Deluxeって。

冗談キツイ。

でも10ディナール(約600円)払っても、入りたいですーーー

天井の手書きのパターンも、手作り感いっぱいのペーパーホルダーも可愛い。
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この不毛の砂漠で、後始末は何処からか汲んでくる水で子供達がしてくれる。
10ディナールでは申し訳なくも思えてくる。
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チュニスから、途中トズールという砂漠の北入口の町の一泊を含め、ほぼ2日かけてようやく私たちはクサール・ギレンという、サハラ砂漠東部大砂丘の東端の町に到達する。
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大オアシスの中に、温泉やテントホテルが点在する。
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恐る恐るなテント生活は…

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ユニットバストイレ付きで、蛇口から出る水が金属臭だったとしても、床は砂だらけだとしても、この環境で、これだけのクオリティーに文句を言ったらバチがあたる。
ガールスカウト時代のテント生活の方がよっぽどキツい。
インドの2000円ホテルの方がよっぽどツライ。
蚊や虫がいっぱいだったもの。

ここは驚くほど虫がいない。
まだ盛夏前だからだろうか。


私と相方は夕陽の砂漠へ。
月の砂漠がラクダなら、夕陽の砂漠はバギーで疾走。
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さあ、これが1/8m.m.の砂。
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バギーでたどり着いたクサール(砦)で、いずれは地球の全てを侵食していくかも知れない乱流の砂を前に赤ワインの栓を抜く。
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オイ、結局やりたかったのはそれかい、って批判は甘んじて受けよう。

クレイジーなワインラヴァー二人が旅すると、まあ、こんな感じだ。
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チュニス、街角の色 [セルフィッシュ・ジャーニー]

首都チュニスは、美しい異国情緒あふれる町だ。
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特に目を惹くのは、鮮やかな青いドアだ。
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どんなほの暗い路地の向こうにも、ちらりとブルーが見える。
これは素敵だ。

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そういう条例があるのかと思うくらい(実際は無いそうだ)、ドアというドアは様々な明度のブルーで塗られている。
それでもつまらなく平坦でないのは、それぞれの家が独自の感覚でモスマール(鉄鋲)で、オリジナルのデザインを施しているからだ。
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お約束は3つのドアノッカーで、上2つは大人用。左が男性用、右が女性用。
下の小さなのは子供用。

それぞれ鉄の輪の太さが違うので音色が異なり、中に居る人はこれを聞き分けて来訪者を知るという。

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ドアだけでなく、車も、洗濯物も、町ゆく人の衣装にも、どこかにブルーが映り込む。

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近郊の小さな町に出かけると、海に向かう勾配が町の表情をさらに豊かにする。
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眩しい陽光をちょっと遮る日陰に佇む猫がアクセントになる。
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白い壁にペイントされたみずみずしい魚のモチーフは、幸運を呼び寄せるお守りだそうだ。
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チュニスの町の本当の魅力は、複雑な迷路が旅情を掻き立てるカスバ周辺にある。
しかも夜。

どこからか香ってくる艶かしい花の香りに誘われながら、ガス灯のような明かりに導かれて迷路を散策すると、セピア色の映画の中に入り込んだような錯覚に襲われる。
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アパートのオーナーに紹介してもらったレストランは、まるでカサブランカの世界。
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アルコールを置く店が極端に少ないイスラムの町では貴重な存在。
ワインが無くては一日たりとも生きていけない二人、ここへ通い詰める。
http://www.dareljeld.com

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ほろ酔いで、メディナのラビリンスをどこまでも歩いていきたいような気がする。
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ハマメット、最高のネロリ [セルフィッシュ・ジャーニー]

ああ、◯武さんが行ったところね。



旅行前チュニジアへ行くと言うとほぼ半数の反応がこれで、これは相当クサった。

私がチュニジアに渡る理由は禁断の快楽とは違う。

世界中のアロマセラピスト垂涎のビターオレンジブロッサムが彼の地にはある。
それを見に行くのだ。
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夜中0時に乗り込んだパレルモ発のフェリーがアフリカ大陸の影を視界にうっすらと捉える頃、船内は明け方の揺れと朝食をセルフ煮炊きする(!)人々でざわついている。
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おっとっと、おっとっとと揺られて左右のパネルにぶつかりながらシャワーを浴び終わると、シェアルーム・カテゴリーを選んだ旅の相方が同室の人達と話しに来ないかと誘いに来る。
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人種と異文化のスクランブル交差点のようなこのフェリーの中で、素晴らしい出会いを2つ経験する。

一つはこの医師と学者のリビア人親子。
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距離的にも政治的にも文化的にも遠く感じるこの国が、肩をぶつけ合うような窮屈な船室でのおしゃべりで、一気に身近になる。

もう一つの出会いは本当に導かれたとしか言いようがない。
日本人はもちろん、一人のアジア人すらそれまで見なかった船旅の下船30分前に声をかけてくれた邦人夫妻。
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フランクフルト在住で奥様はアロマセラピストになったばかりというご夫婦とは、その後2日間に渡って香料を追う行程をご一緒することになる。

だからイレギュラーな旅って面白い。


ちょっと待って… excuse me?

156cm、38kgの私はどのライフジャケットを使うべき?
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1週間に渡るチュニス滞在は、相方がAirbnbを通して借りた旧市街のメディナの複雑な路地の一角にある可愛いアパート。
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オーナーはWEBで見たとおりの(実は相方と二人、こりゃ出来過ぎやろ!とすごく疑っていたのだけれど)リッチなイケメン。
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シーポートまで迎えに来てくれ、石畳の路地ではスーツケースを引いてくれ、部屋の説明をしてくれたばかりか、最終日には私を空港まで送ってくれた。

27歳、独身。
保険会社勤務。
父親はチュニスじゃ有名な癌専門医。
https://www.facebook.com/sofiene.rahal?fref=pb&hc_location=friends_tab&pnref=friends.all

日本からの花嫁エントリーはお早めに。
(私もあと40歳若ければなー)





チュニジア北端、地中海に親指のように突き出た温暖なボン岬は、3~4月、陽光が満ち溢れ花が咲き乱れる。
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この季節、地域の農家は多く生息するゼラニウムやビターオレンジ、ローズの花を集めて、簡素な蒸留器で「花水」を作る。
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私たちが走るバイパス沿道の両側は一面オレンジブロッサムの畑。
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オレンジの木の下にビニールシートを広げ、女たちが脚立に上って花を下に振り落とす。
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その花を集めて水を入れた素焼きの壺に入れ、火にかける。
立ち上る蒸気は水を入れた別の壺を通されることによって冷却され、花の成分と香りを移しとった蒸留水となってボトルに集められる。
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おどろくほど単純なこの装置はどの農家の庭先にも備え付けられ、花水は沿道に並べて売られている。
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道行く人はそれを買ってお腹が痛いときに飲んだり、熱中症になったら頭に振りかけたりする。
農家のおばあちゃん達とは身振り手振りでしか話せないが、何となくこういう効用は伝わるものだ。

もっと複雑で大掛かりな蒸留装置なら、そこに浮いてくる精油を採取できて高額な取引もできるのだろうが、この素朴な仕掛けでは蒸留水を取るのが精一杯だろう。

一方ビジネスとして蒸留を行い、精油まで採取してフランス企業と契約して「最高のネロリ(ビターオレンジの精油)を世に送り出す会社もここには多く存在する。
ゲランと契約しているというファクトリーにも足を運んだが、残念ながらビターオレンジの蒸留は2~3週間前に終わったとのこと。
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こういう番狂わせもイレギュラーな旅ならでは。



海岸でオレンジブロッサムのブーケを売るおっちゃん。
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帽子の上じゃ蕾が可哀想。
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陽気な太陽と香しいオレンジの花水。

岬の春は本当に素敵だ。
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パレルモ、ビザンティンの回廊 [セルフィッシュ・ジャーニー]

「ぼくはドォーモのなかに30年ぶりに入って、そのモザイクの見事な表現力に、感覚許容量を広げられるような気がした」

『美しい夏の行方〜イタリア、シチリアの旅〜』の中で、辻邦生はビザンチン建築に触れた瞬間をこう記している。

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海辺にそびえ立つ、山肌をむき出しにした岩山の間に位置する「黄金の盆地(コンカ・ドーロ)」に横たわるパレルモは、昔から天然の良港として栄え、またその地理的な有用性から、古代ローマ時代から1860年にイタリアが統一されるまで、様々な民族や権力に目まぐるしく支配されてきた町だ。

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町をそぞろ歩くと、その時代時代の面影を残す沢山の教会に出会う。

教会は、その時代を映す最も雄弁な対象物である。

特にこのパレルモでは、ギリシャ・ローマ建築を継承しつつもイスラム文化の色が濃いビザンティン様式の教会群が見事だ。
旅の相方としばし一日、モザイクとドームが象徴的な市内の教会をハシゴして回る。


ノルマン様式にイスラム色が濃く残る広大なカテドラーレ(Cattedrale)は、そんな複合的な歴史を反映した折衷様式により最もパレルモ的と呼ばれる。
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ちょうど日曜で、聖堂内ではミサが執り行われていた。
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入ったカフェの横に、ちょこんと赤い帽子のようなドームを3つ載せた小さなサン・カタルド教会(San Cataldo)が見える。
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この赤い半円ドームは、ハーレムに仕える宦官の帽子を模したと言い、ヤシの木に囲まれてまるでマカオの教会のように南国の雰囲気を醸し出す。

中は、ビザンティン様式の濃い装飾の多いパレルモでは珍しく素朴な石造りである。
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しかし、そのクーポラに絡まるアーチ構造を見た時に、この比較的大きな石灰質の石を連ねてこんな複雑な曲線が描けるものかと感動する。
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赤いドームにちなんだのか、ロゴのように散りばめられた宗派のマークやベンチの色が深紅に統一されていて、どこかモダンで可愛らしい。
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シチリア最古のビザンティン様式を誇るマルトラーナ教会(Martorana Sanata Maria de'll Ammiraglio)は、まさにザ・ビザンティンである。
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壁面は黄金のモザイクで覆われ、複雑にアーチ形の柱が絡み合う。
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これでもかと施された黄金の輝きが決して安っぽい金ピカではなく、遠いイスラムへの回顧を澱のように纏うスモーキーな色合いで素敵だ。



シチリアの至宝パラティーナ礼拝堂(Cappela Palatina)は圧巻。
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一片は1センチ四方にも満たない細かい天然石の織りなすモザイクで表した宗教画に、全ての壁面が覆われているばかりでなく、天井のスタラクタイト(木製の蜂の巣状の構造)はこれまでに見たことがない装飾である。
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ほんの半径1〜2キロの範囲に沢山の教会が点在し、ゲーテがニュートン光学の科学独自性を危惧して新たな見地から『色彩論』をこの地で著し、原植物という観念を確立したのも頷けるように、魔術的なパレルモ植物園以外にも沢山のビビットで陽気な花や植物もそこかしこに溢れる。
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朝降っていた雨も上がり、ショッピングもちょっと楽しい。
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と同時に、手入れする者もなく町の栄枯盛衰をそのまま物語る崩れかけた家も多く、そのコントラストがまた独特の雰囲気と影を町に醸し出す。
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この陽気でしかしどこか退廃的な町を、目指すチュニジアへの玄関口として選んだことは、私と旅の相方にとって大きな収穫であった。

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再び辻邦生の『美しい夏の行方』を引く。

「現在、三角形の頂点に当る(注:シチリア島は横にした二等辺三角形のような形をしている)エリチェの山の上に立つと、アフリカのボン岬が見えるという。ということは、シチリア島とアフリカは目と鼻のさきだということなのだ。」

そう、チュニジアのボン岬こそ香料産業のメッカ。
私たちの目指す場所である。

私たちは飛べば1時間の空路を避け、13時間の船旅を選んだ。

極東の島国に住むと、ヨーロッパとアフリカの距離感や文化の交差を実際に感じられる機会はそう多くない。
「女性一人での乗船は勧められない」と言われた、アフリカ難民も多く乗船するというフェリーは、夜中0時にパレルモ港を出航、翌日14時にチュニスの港に着く。
相方を誘って「女性一人」という禁忌を取り除き、私はようやく長年の念願であった両大陸の距離を感じる海原へ到達しようとしている。

空港との違いは、真夜中の波止場に着いた途端に肌で感じられる。
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Departureという単語が醸し出す独特の旅への高揚感はそこに無い。
あるのは後ろ暗い疲労感だけだ。
エコノミーでも2万円近い飛行機を使わずに、甲板に寝るだけならほぼ7000円という船旅を選ぶ理由がそこにはある。

乗船までの手続きも事前のネット予約では分かりにくく、実際には工事現場のプレハブ事務所のような掘っ立て小屋をたらい回しされて、チェックインとパスポートコントロールを行う。
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飛行機のように預け荷物のチェックインも無いから、ただひたすら自分で重いスーツケースを引き回さなければならず、その乗船への上り斜度とごった返す乗船民衆の坩堝は、もし海を渡ってアフリカ大陸に上陸するという偏った達成感を追い求めなければくじけてしまいそうなハードルとなる。

見渡す限り日本人というかアジア人皆無。

狭い通路を辿ってようやく乗船すれば、すでに椅子という椅子、ベンチというベンチ、床という床には早い者勝ちでoutside deck spaceというカテゴリーを選んだ人達が寝る場所を確保している。
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そんな人達をまたぐようにしてようやく到達した船室は・・・

あら、意外に快適。

基本二段ベッド二組の4人部屋。
そこを一人で使うのが最上のカテゴリー(一泊17,000円くらい)。
ユニットのバストイレ付き。

真夜中の壮絶な乗船バトルを終えて、相方と飲むビールと日本から持ってきた柿の種のウマいこと。
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鍋釜毛布を持ち込んで床に寝起きする人々との同舟という一番シンプルでコンパクトな階級社会に接するだけでなく、乗下船時の英語の通じない手続きや荷物を運び込む非日常の力仕事。
エージェントが言った「女性一人では無理」の意味はそこにある。

相方に感謝。

乗った船が静かにパレルモの岸壁を離れていることも知らず、この旅最大の難所を通過できた喜びに盛り上がる船中のささやかな晩餐は格別だ。

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パレルモ、 La Strada [セルフィッシュ・ジャーニー]

フェデリコ・フェリーニの名作「道」を挙げるまでもない。

イタリアの道はどうしてこうも陰影に満ちて美しいのだろう。
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この国に来ると、私の興味は遺跡でもイタリア料理でもなく、ただひたすら道に向かう。

Street ではなく、Strada。
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凡ての道はローマに通ずという言葉があるように、イタリアの道は権威と文化と歴史そのもの。
そこに込められた想いと技が織りなす芳醇な表情にいつも囚われる。
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広い石畳のメインストリートだけが輝くのではない。

自他ともに認める裏路地フェチである。

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透視遠近法のただ一点の集約点に向かう線が切り取る、空と路面と両側壁面との4つの三角形に痺れる。

道が狭ければ狭いほどその頂角の角度は鋭く、またその空間に満ちる猥雑な生活感は限りなく魅力的だ。
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イタリアの食に魅了され賛辞を贈る人は多いが、実は長い間、私にはそれがハザードであった。

10年以上も前、次男とイタリアの各地を旅行して、すっかりバジルとトマトとオリーブオイルに味覚がやられてしまった。
今なら考えられないが、毎回ルーティンのように飲まなければならないワインにも全面降伏した。

以来、イタリアの食文化には一定の距離を置いてきた。



今回、チュニジアのオレンジブロッサム精油見学の旅への道中、シチリア半島最大の都市パレルモを訪れる。

その道すがら、成田空港ラウンジで2杯。
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フィミチーノ行きアリタリア機搭乗時のウェルカムシャンパン1杯。
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機内食スターターで白を1杯。
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メインで極上の赤 L'ATTOを3杯。
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アリタリア、食器は全てリチャード・ジノリ。
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素晴らしい。

絶好調な滑り出しと片付けるべき酒量なんだろうか。

大人になったってことでいいんだろうか。


同行者が無類のワイン好きということも手伝って、彼が借りたアパートメントの屋上テラスで先ず飲む。
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地中海を臨むレストランで飲む。
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バジルとオリーブオイルに根負けしたとどの口が言うか。
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牛の内蔵を煮込んだトリッパつまみに、相方と飲みほしたワインはボトルより多い1リットルカラフェ。
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繰り返すが、大人になったってことでいいんだろうか。
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パリッパリのロールのパイ生地に、レモン風味のクリームをその場で詰めてくれるカンノーリは、ストラダ散策の名脇役。
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久々のイタリアは楽しすぎ、美味しすぎる。
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大手町、Aman Tokyo [セルフィッシュ・ジャーニー]

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高層階のホテルの部屋からは、皇居を眼下に挟んで、千鳥ヶ淵の我が家が見える。
辺りと水濠一面が薄紅色に染まるのも、あと数日だろう。




S子とのAmanenu滞在を僅か1週間前に置いて、夫が連休スケジュールが空くというので、急遽今度は、同じKerry HillがTokyoをデザインするとどうなるかを見たくなる。

土曜診療を終えて出て来る夫とは夜銀座の鮨屋で待ち合わせることにして、まずは美容室で我が身をリセット。
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1年前にオープンして話題を呼んだヒップスポット、こちらも武装して出掛けなくては。



チェックイン後、ウェルカムシャンパンで夕焼けを見ながらまず一人で酔っぱらう。
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東京に最近進出目覚ましい外資系ホテルのご多分に漏れず、この高層ビルの上層階をホテルに仕上げるスタイルを、実はあまり評価していない。

ビル自体に特徴がなく、ホテルのエントランスが分かりづらく、都内のタクシーでも迷うことが多い。

エレベーターで上がる経路もさらに複雑で、レセプションからまた違うエレベーターで部屋へ上がらなければならず、ホテルに到着した時の高揚感が、乗り継ぐエレベーターの上昇と反比例してぐんぐん下がっていくのを何度も経験しているんである。

Aman Tokyoは、途上国の未開の地形と安い人件費を洗練されたデザインホテルに上手に取り入れたリゾート開発で成功してきたAmanが、大都会の、それもリゾート地とは真逆の一大オフィス街大手町に進出した、ある意味Aman史上画期的なランドマークである。

永代通りに面した最新のオフィスビル34階の、レセプション、ロビー、レストラン等パブリックゾーン一手に集めたスペースは、2層分をぶち抜き、ある人曰く神殿のような圧倒的な空間である。
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マンダリンやパークハイアットもパブリックゾーンは2階分を解放した空間ではあるが、その巨大な「神殿」っぽさを強調するのは膨大な面積の壁面に貼られた暗灰色の大谷石の圧倒的な分量だろうと思う。
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中でも気に入ったのは2層分の壁面を利用した大ワインセラー。
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フードマネジャーが「特別に」(・・と誰にでも言うのだろうが)と案内してくれたセラー内部には、出番を待って300種1500本がひっそりと呼吸している。

以前ワインセラーが書斎に設置されたバンコクのレジデンスに憧れ尽くしたが、ワインセラーとは食欲、所有欲、あるいは自己顕示欲を刺激する実に雄弁なインテリアツールだと再認識する。


Aman Resortは、日本進出にあたってまず京都を目指したと言うが、諸問題で頓挫。
結果、東京と伊勢志摩になったのだというが、その京都への後ろ髪引かれる思いが随所に表現されているように思うのは穿った見方か。

バーカウンター。
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町家風の伽藍の後ろに見え隠れする厨房。
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このパーティションは、チャイニーズとコンフューズ?
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外国人が解釈するジャパニズムを見る時、この混同はままあることだ。



個室はさらに「和」である。
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再開発目覚ましい大手町のビルクレーンが目の前にあるのが惜しいが、このバスタブは気持ちいい。
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外国のホテルの長いバスタブに横たわっていつも溺死しそうになるので、日本式の間口が小さく深い浴槽に縦に入ってこそ日本人かと。

かけ湯用の柄杓も完備。
ここは、浴槽を出て身体洗うんだよというジャパニーズスタイルを外国ゲストに押し付けようという意志の強さがびんびん感じられ・・・

説明するスタッフも大変だろうが、Oh, my God! It's so stupid !の悲鳴も聞こえるような気もするけれど。

薬湯の用意も。
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時として、日本文化を至れり尽くせりで紹介している必死感が、日本人としては少し滑稽でもある。

バスタブが見える雪見障子ってのも、外国人の発想っぽい。
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(だって外の景色ならバスタブから見放題なのだからして・・)


遺産に登録された「和食」を始め、世界中の美味しいものが集まる銀座や赤坂にいくらでも繰り出せるロケーションに、そこは一歩譲ったか、ダイニングの料理は特に評価に値しない。
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一晩は銀座の鮨屋に繰り出して大正解。
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しかし想像以上に、Kerry Hillのデザインは、和と東京のダイナミックさを上手く捕まえてビルの無表情な空間を逆手に取り、迫力をばっちりオーガナイズしたなとちょっと感動する。

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同じ外国人デザイナーの日本解釈という点で比較しても、大人しすぎるAmanenuより、私は完全にこちらを指示。

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夫婦の短い休日に、新しい東京。
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It's not so bad.


留守部隊はおおいにふて腐れていたけれど。
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伊勢志摩、いい日「女子旅」立ち [セルフィッシュ・ジャーニー]

父が逝って、別れの季節がやって来て、心が波立つ時に、一人で何も考えずに旅立ちたくなった。

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5月のサミット開催で最近何かと注目の伊勢志摩国立公園内に3月1日、満を持してオープンした日本で2番目のアマンリゾート、Amanenuの予約サイトに冗談半分でアクセスしてみたら、英虞湾を見下ろす最高のカテゴリーのスイートが取れてしまった。

よーし。
取れちゃったものは仕方ない。

最近飛行機には乗るけど新幹線には久しく乗っていない。
「いい日旅立ち」を聞きながら、一人でゆっくりスーツケースを引いて行こう・・・・

・・・・ところが。

結果的には大学時代の友人S子と思いっきりの女子旅。

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名古屋駅で落ち合って、その後の近鉄特急から大はしゃぎである。

伊勢志摩ライナー、車内にもパールが飾ってあって、そこから超お嬢S子の機関銃トークはパールの五重塔へ。
(平民にはその価値が分かりません・・・)IMG_9288.jpg

終着駅という響きの寂しさなど微塵も感じられない陽気な晴天に恵まれた賢島に着くと、まずは海女小屋で伊勢湾の海の幸を食べることに。
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目の前の海一面に広がった、アオサの養殖用筏の幾何学的なパターンが言いようもなく美しい。
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炉で焼いてくれる、海女さんが取ってきたばかりの大きなアワビには歯形が付くように噛り付けと言われる。
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飲めないS子にがんがん注がれて、ワンカップ沢の鶴2合。

あー、なんて贅沢。

御年84歳の海女小屋の主。
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14歳から海に潜って、40代で旦那様と死に別れた後、子供3人を育て上げたそうだ。



すっかりいい気分になって、女子旅に付き物のパワースポットへ。

実は大のアンチ・パワースポット女子、現実派。
(還暦が女子って自分で言うな、って)

伊勢志摩サミットでにわか観光地化している時流に乗った即席明神は、女子の願いをたった一つだけ聞いてくれるという涙もの。
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女子旅ですからね。

お願いですから私を20代に戻さないでください。
私は今が一番楽しいんです・・・


・・・・てなお願いをして、いよいよAmanenuへ。

伊勢志摩サミット期間中はオバマ率いるアメリカ合衆国がすべて借り切って宿舎にするという、タクシーの運ちゃんが喋り捲る公然のトップシークレットに俄然期待は高まって。

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うーん。

ケリー・ヒルがジャパニズムを表現するとこうなるのね。
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どこかのアマンでいつも見るような風景が、かなり弱弱しい感じで展開される。
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両側のダイニングとバーのパブリックスペースで海を挟み込んで切り取るという構図も、それをレセプション棟からまっすぐに見通すというロケーションも、特に目新しくはない。

12月に訪れたニャチャンのように、それが荒々しい地形にガッツリはめ込まれるとダイナミックな迫力でデザインの妙が感じられるのだが、やや平坦なロケーションと和風のディティールの大人しさは、このデザインを殺してしまう気がする。

独立したヴィラは、伊勢神宮の神命造にインスパイアされたという天井の高いデザイン。
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天井高を問うても、スタッフ対応は曖昧に終始。
それを覚えとかなきゃ。

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目の前は英虞湾。
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やはり穏やかな日本の海である。
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シグネチャーの温泉を引いたバスルーム。
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静謐、という言葉は浮かんでくるが、他国のAmanに出かけた時のような、うわーっという感動が無い。
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バスソルト周りもどこかお茶室のようで。
オーバーフローが温泉スタイル。
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開業して間もないので、多少の不手際は覚悟のうえですよ。

リゾートに付き物のスパも夕食に思いっきり食い込む時間しか取れないけど。
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お食事は洋食も万が一のためにあるけど、和食でね。
しかもFish or Meat じゃなく、Fish or Fish 万が一のためにMeat みたいなメニュー展開。

S子はコラーゲン獲得のために、海女小屋に引き続き今日二度目のハタの目玉摂取。
はっきり言ってコワイんですけど。
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照明が暗すぎて写真が取れない、メニューが読めない(日本語なのに)のは、他のアマンとほぼ同じ。
還暦女子にはつらい解読作業。

ここでまたS子にさんざん飲まされたのに、部屋へ帰って今度は「60歳まであと半年のお祝いしよ~(何のお祝いよ?)」と持参してきたキャンドル立てる元お嬢。

アナタ、だから荷物多いのよ。
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S子はさらに地元三重県の「作(ざく)」をミニバーから出してきて、テーブルへ。

アナタ、一杯も飲まないんでしょ。
全部私が飲むんでしょ。

ハイハイ。

女子旅だものね。
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還暦万歳。





朝6時にS子にブラインドばーーーっと開けられる。

ありがとう、S子。

でもさ、私、昨夜は6合近く飲んでるのよ。

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ラタンを複雑に編んだブラインドは、このAmanenuで一番私が気に入ったディティールで、そこから漏れる来る朝日は優しくて、これは日本素敵だと思える。
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カッシーナ・イクスシーデザインのダイニングチェアともうまくマッチしている。
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耐久性は無さそうだけどなー

朝食。
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私はどこのホテルでもオーダーすると決めているパンケーキとサニーサイドアップ。
パンケーキ、飾り過ぎ。原宿じゃないんだから。
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S子はホテルお勧めの和朝食セットで。
一日の摂取目標30品目はこれでクリアーと思われるほどの見事な品ぞろえ。
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美しいが、ちょっと什器が懲りすぎてうるさい感じも。
(スタッフの説明が超長い)

朝食後はゆっくりとS子の弾丸トークを右から左に聞き流していたが、急にやっぱりここまで来たんだから真珠の養殖見ないと、と思い立ち、レセプションに電話して周辺の見学させてくれる養殖場教えてと言って30分。

一向に返ってこないレスポンスに業を煮やしてググったら30秒で検索結果。
自分で予約取る。

自分たちは試運転に付き合っているのだと言い聞かせ、チェックアウト。

Good by, Amanenu。
何年か後、お互いマチュアになって会いたいね。



湾をぐるりと回って反対側の浜島周辺、真珠の里へ。
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ここではあこや貝を引き上げて、真珠を取出し、磨くまでの作業が体験できる。
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ジュエリーに興味が無いので、真珠がどうやって作られるのかも、どうやって養殖されているのかも知らなかった。
養殖行程のアナログさ、高価値の真珠を得る確率の低さは驚くばかりだ。

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真珠を取り出した後の貝のむき身は海のお魚たちのご馳走。
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関東人にはあこや貝の貝柱を食べるなんて思いもよらなかったけど、こちらじゃ結構ポピュラーな酒のツマミ。
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コリコリしてなかなかオツなもん。
また一杯飲みたくなってくる。

いや、東京から運転して帰らなきゃだから、いかん、いかん・・・・(葛藤)

最後、賢島発の近鉄特急に乗る間際まで、ここが発祥の地だという手ごね寿司お腹に詰め込んで、赤福買って。
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女子旅ってやっぱり食べ物に始まって食べ物に終わるのね。

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Thanks, S子。

女子大の時のきゃぴきゃぴを、私、ちょっと忘れかけてた。
いろんな理屈や事情で、自分を縛ろうとしてたかも知れない。

子ども達を独立させて、両親を送り、責任がいくらか軽くなったなら、それならまた女子に戻ろうって、S子は思い出させてくれたんだね。
学寮で取り留めもなく騒いでいた頃の私たちが、今、たまらなく愛おしい。

還暦、万歳だね!

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また行こう!






ウィーン、食べ物事情 [セルフィッシュ・ジャーニー]

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容赦なく日常は始まってしまった。

合同ライブ目前で帰国後いきなりリハーサルで撃沈、しばらく放り出していたスティックをデスパーレートリーに振り回すことになる。
ヨハン・シュトラウスから急転直下ディープ・パープルってギャップ大きすぎる。

優雅なカフェ・メランジェの代わりに冷えきった身体に流し込むのは、新宿の練習の後バンド仲間と飲むイワナ酒である(笑)
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いやー、ニッポンだなあ。

みぞれ散らつく魚屋の店先。
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茹で上げたばかりの白子をツマミに熱燗を五臓六腑に染み渡らせる。

たまんねぇ〜〜




同じく零下でも、ウィーンの夜はティンカーベルの魔法の粉のようなダイヤモンドダストが舞って、それはそれは幻想的である。
石畳の道は、それこそ足元からしんしんと冷えが上がってくるので、スノーブーツで歩いている人が多い。

日本でこの時期誰もが鍋料理に飛びつくように、そんなウィーンにも名物のアツアツ料理がある。

ターフェルシュピッツ(Tafelspitz)。
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牛肉の厚切りと野菜をスパイス入りのブーフブイヨンで煮込んだもので、ブラスを打ち出した鍋のままサーブされる。
各々好きな具材を鍋から取り出して、リンゴの摺り下ろしムースやホースラディッシュソースで食べる。

ウィーンでターフェルシュピッツならここ、と評判のプラフッタ(Plachutta)。
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ごった返す清潔なキッチンで鍋をつつくような、カジュアルな店であった。


毎回旅記を書く度に、食べ物に興味が無いと言い訳してスルー、が常。

今回は食にうるさい次男同伴という事情により、一応人間的に食事はしたが、年末年始にあたって閉店している店も多く、なかなかおいしいモノにありつけなかった。



デューラーの「野うさぎ」擁するアルベルティーナの地下にあるアウグスティーナ・ケラー(Augustiner Keller)はツァー客もよく入る大箱レストランでありながら、修道院のワインセラーを改造した店舗デザインが面白い。
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肉を喰うぞ、と張り切った次男の前に運ばれてきたのは、ナイフを突き立てたままの巨大な豚肉の塊。
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アトラクションか。



そしてお決まりのウィナーシュニッツェルを、これも一番ベタな店、映画「第三の男」にも登場するカフェ・モーツァルト(Cafe Mozart)にて。
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私の顔の2倍はある。
はてしなく広く感じるその極薄味の子牛のカツレツに付いているのはブルーベリージャム(!)のみ。

次回のウィーンにはブルドッグソース持参しようと固く心に誓う。



街角にひっそりと明かりを灯している家族向けのレストランは、どこも暖かいおいしい料理を出す。
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マスなどの淡水魚料理が多いが、臭みがなく、甘めのオーストリア白ワインによく合う。
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世界共通事情ではあろうが、最近のヒップな空間のお料理は概してミニマムな量と味。
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ザッハー・コンフィズリーはホテルのツリーオーナメントにもデザインされて。
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町中に溢れる甘ーいチョコレートの香りもウィーンのアイデンティティだ。
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ウィーンへ行ったら何を食べたらいいのか、という質問には答えられない。

今回次男の強い拒否で行かなかったが、天満屋の唐揚げ御膳とか言っちゃいそうだから。


しかし、エトランゼなヨーロッパの中では比較的日本人の口に合う料理が多いように思う。

このブログを参考にせず(笑)是非ご訪問をお勧めしたい。

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(シューベルトの眼鏡・・・)




さあ、しばらくオトコマエな日本生活を突っ走って行きます!
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ブルノ、国境モノクローム [セルフィッシュ・ジャーニー]

ブルノ(Brno)は雪であった。


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ウィーンでニューイヤーコンサートを楽しんだ後、帰国までの短い時間を使って、建築家の次男と国境を越えて、ミース・ファンデルローエの名作、トゥーゲントハット邸(Villa Tugendhat: http://www.tugendhat.eu)を観に行く。
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華やかなウィーンからプライベートカーを雇って僅か2時間のドライブで、新年の人通りのほとんど無いモノクロームな街に着く。
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オーストリア、チェコ共和国両国ともシェンゲン条約の加盟国なので、国境はパスポートコントロール無しに通過できる。
事前に、念のため50000ドル以上の旅行保険の証明書を携えるようにとの指示があったが、今回はその提示も必要なし。
高速に乗れば、凍てついた荒野を車窓に眺めているうちに、知らぬ間にボーダーをまたいでいる。


静寂に包まれたブルノの街を見下ろす緩やかなダウンヒルに、端正な3層を溶け込ませた世界遺産の館はある。
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うっすらと降った雪が、どこか物悲しいクラシカルな街に風情を添える。
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前日の黄金のホールでのコンサートや観光客で賑わうウィーンのきらびやかさとは、なんと対照的な光景だろうか。

道路に面しているエントランスが最上階。
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あたりは鎌倉山に似た地形と風情の高級邸宅街。
地上レベルにはシンプルな単層のエントランスしか無いため、その南面の広大な傾斜地にこれほどのスケールの住宅が存在していることに意表を突かれる。


しかし世に豪邸は数あれど、90年前の仕事として、ここまでデザインを追求し、ディティールにこだわり抜いて、約1000㎡(!)の総床面積に現代並みの機能性を備えた完璧な個人住宅を私は他に知らない。
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建具はすべてブラジルや南アメリカの高価なローズウッドやゼブラウッドで、4m近い天井高と同じサイズである。
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ゲストルームにはサニタリースペースを見せない配慮も。

家具はもちろん、水栓、照明のスイッチまでミースのオリジナルデザイン。
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ミースの代名詞のような十字断面のクロームメッキ柱。
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建築を志す者なら誰でも知っているその断面のデザイン。
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特筆すべきはまるで007の邸宅のようなサプライズのファシリティーである。

ダウンヒルが見渡せるリビング全面の大窓は、スイッチ一つで巨大なガラスが下降し、床のレベルに吸い込まれる。
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300㎡という大空間が一気にアウトドアと一体化する。

この仕掛けや空調、給水システムはすべて最下層の機械室でコントロールされる。

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次男たっての希望に従って、素晴らしい建築を見たと思う。
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元旦まで母親のイヴェントに付き合わされた次男は、この最終日自分の領域を最後まで貪欲に主張して、ディナーはフランスの巨匠ジャン・ヌーヴェルデザインのソフィテル・ヴィエナへ。
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リングの北側の川沿いにそびえるブッ飛んだデザインは、ウィーンの新しい顔を象徴するかのようだ。
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わずか数時間前にいた無彩色のブルノから一転して、極彩色のテキスタイルの幻想に包まれる。
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バスルーム。
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ウィーンの建築散歩は楽しい。

夜のウィーンは凍てつく氷点下10℃。
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散歩したいのはやまやまだが、30分以上歩いていると凍死しそうだ。
温かい食べ物を売る露店の前で足が止まる。
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ウィーン分離派のオットー・ワーグナー作の郵便局。
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威風堂々。

今回、3度目の訪ウィーンにてようやく出会えたベートーベン・フリーズ擁するゼセッションの、ヨーゼフ・オルブリヒと同派。
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連綿と続く歴史の埃の中に燦然と輝く、建築という足跡。

コンパクトな国境越えの移動で、ヨーロッパという文化の感触を音楽ではなく、今度は建築という糸口から手探る。
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ウィーン、美しき青きドナウ [セルフィッシュ・ジャーニー]

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海外で過ごす年末年始は何度か経験しているが、ここウィーンのそれには、芳醇なワインの澱にも似た独特のマチュアな雰囲気があるように思う。
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それはとりもなおさず、音楽の都と呼ばれる歴史背景や文化、そして街中にあふれるクラシカルな音楽が、新しい年を迎える準備の高揚感に揺るぎない格式と楽しさを彩色して、人々の居住まいを豊かにしていくからだろう。
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クライマックスの夜は、Hotel Sacherのお隣り、国立歌劇場Wiener staatsoperの大晦日定番オペレッタ「こうもり」で幕が開く。
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あまり知られていないが、主役たちが酒場で大騒ぎをするシーンが大晦日という設定とウィーンの英雄(?)ヨハン・シュトラウス作曲という出自から、華やかな12月31日上演の定番中の定番である。

裾を引きたいけれど、旅の途中というシチュエーションからコンパクトさを優先してシンプルなワンピース。
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ジュエリーで心を輝かせる。


エスコート役の次男はなかなかよろしい。

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昼間ホテル近くの紳士雑貨店で買ったタイにコルビュジュ眼鏡で、まるでどこかのインチキ手品師。

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最新「ミッション・インポッシブル”ローグネイション”」で、刺客に狙われる一国の大統領が座る豪華なロオジェ(バルコニー席)にも、華やかな顔が。
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内容はウィーンっ子が大好きな軽やかなコメディ。

ドイツ語上演ゆえ、個々の席の前に英語の字幕が出るには出るのだが、どうしてもワンテンポずれるのと、一番会場が湧く二日酔いのドタバタ場面はアドリブでその年の世相や話題をさんざん盛り込むので、字幕は無し。

大半の観客が大爆笑、大盛り上がりの中、取り残される非ドイツ語圏・・・

押さえどころが分かっている有名オペラならまだしも、この演目は結構ハードルが高い。

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しかし十二分にオペラハウスの華やかさ、シュトラウスナンバーの軽やかさ、幕間のシャンパンに酔いしれたところでホテルに戻り、今度はカウントダウンディナー。
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生バンドの演奏が入り、ダンスフロアが確保されて。

なぜなら・・・

15秒前からのカウントダウンで新年に日付が変わればバンドの演奏は「美しき青きドナウ」。
テーブルに座っていた客が一斉に立ち上がってダンスフロアへ。
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そう、これを踊らなければウィーンで新年を迎える意味は無い。

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次男と踊るシグネチャーワルツで2016年は明ける。



カウントダウンの興奮冷めやらぬまま夜を明かし、ほとんど眠らないまま、元日の午前中にウィーンフィルのニューイヤーコンサートへ。
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最高峰交響楽団の年12回の定期公演のうち、世界中でライブ映像が流れるこの新年公演チケットは、世襲制の学友協会会員だけが購入可能な、世界で一番入手が難しいコンサートチケットとして有名。

そのステージで振られるのは1987年のカラヤンを始め、小澤、バレンボイム等、キラ星のタクト。

シュトラウス・ファミリーに選曲権を固く握られ、当世のテロや自然災害など社会情勢を色濃く反映させる一面もある。
この日は国連事務総長来席配慮の、国連の歌(・・ってあるんですね)を第1曲に。

夫の還暦を機にこのテレビでしか見たことの無い格式の世界を垣間見んと、団体旅行が苦手なくせに、一番手っ取り早くこのコンサートを冠に掲げるツァーに申し込んだのが昨年7月。
その後年末年始に帰国するという次男も加えて3人で訪オーストリアのはずが、主役の夫が仕事でまさかのキャンセル、次男と二人でこの席に座ることとなる。

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大晦日までいい天気が続いたのに、冷たい灰色の空から雪が吹き付けるあいにくの天気。

楽友協会周囲は凡そ音楽の殿堂に似つかわしくない異例の厳戒態勢。
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しかし銃口の前をくぐり抜け、黄金のホールに一歩脚を踏み入れればそこは今までバーチャルでしかなかった、生花のあふれ返る華麗な舞台。
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シャンデリアは間違いなくロブマイヤーだろう。
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指揮は3度目のマリス・ヤンソンス。
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公演時間がお昼時で演奏中撮影もOKなカジュアルさは、一般的なチケットのプレミア感をあえて外して、協会員のための公演という原点回帰指向か。

シュトラウス一家のワルツとポルカが18曲続き、その後の3曲のアンコールはこれもお約束通り。
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「美しき青きドナウ」は流麗に華やかに。
「ラデツキー行進曲」は手拍子と共に陽気に勇壮に。

黄金のホール全体がステージ。
観客はおなじみの曲を媒介として自らも舞台への階段を上がるのだ。

このワールドは世界のどんな都市も真似が出来ない。

ウィーンという街に満ちる芳醇な金色の音楽を新年の言祝ぎと共に身体中に吸収してエントランスに出、Wifiを繋ぐ。

8時間遅いけれど、Happy New Yearを日本と分かち合いたくて。

「見てたよ!ずっと映ってたよ!!」

FBのメッセンジャーがいくつか飛び込んで来る。

気温も時間も違うウィーンと日本で、同時にシュトラウスを聴ける楽しさ。





年をまたぐ時間の継ぎ目と心が地球を半周した。


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・・・・・From Vienna







ウィーン、Time to Chocolate [セルフィッシュ・ジャーニー]

世の中にエレガントなホテルは、それこそ星の数ほどあるだろう。
一生をかけても、私ごときが滞在できるのはそのうちの1割にも満たない。

だから素敵なホテルとの出会いは心躍るものだ。

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ニューイヤーイヴのオペラと、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートを楽しむ人々で溢れるウィーンのHotel Sacherは、類を見ない時期独特の輝いた雰囲気を纏って、まるでハプスブルグ王朝の貴婦人のような佇まいだ。

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淑女のドレスの襞を思わせる深紅のベルベットで統一されたインテリアが、新年6日まで続くというクリスマスのデコレーションをまるでジュエリーのように纏っている。
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ツリーのオーナメントはすべてザッハーオリジナル。
ホテルのブティックで販売もされている。
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ディナーを楽しむメインダイニングはさらに深みを増した赤で統一されている。
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裾を引いた衣擦れの音が部屋に満ちている気さえする。

部屋は天井の高い贅沢な広さと、大理石の床がカシミアのカーペットにも思えるほどの床暖房を入れた完璧な機能性、ホテルの格はタオルの数と質に比例するという言葉通りの申し分の無いリネンサプライを兼ね備え、快適だ。
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無機質になりがちなバスルームのエマージェンシーコードも、こんなにエレガント。
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ザッハー・トルテの本家本元らしく、アメニティ類の香りはあまーいチョコレートの香り。
オペラハウスの隣というロケーションにも由来して、名前は「Time to Chocolate」(オペラの幕間)。
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これで髪を洗ってボディローションを身体に纏うと、もうチョコパフェの中に溺れているような甘美な体験が出来る。
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朝食はシャンパンから。
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シャンパンに合わせるのは、もちろんホテルの名前を冠した有名なトルテ。
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そしてお約束のサニーサイドアップとパンケーキ。
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自分の常識をはるかに超えて、ふんだんに気前よく使われる布類やカーテン、タッセルの贅沢さは、さすがに一時ヨーロッパを席巻した王室の栄華の名残でもあるだろう。
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決してすっきりと洗練されているわけではなく、むしろ野暮ったいと感じる部分も多い街だが、圧倒的なマテリアルの贅沢さはウィーンに来る度にため息が出る。

そこで手に入れるべきものとは。

クリスタルガラスの老舗、ロブマイヤーでシャンデリアをオーダー。
日本で本格的なシャンデリアはなかなか見つからないからだ。
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10年ほど前にも、ここでシャンデリアを買っている。
ちょうど2月の舞踏会シーズンで、店内の螺旋階段ではデビュタントの少女達がパパに写真を撮ってもらっていたのを思い出す。

店内の煌めきは、旅客の心を中世の宮殿へと誘う。

夜のケルントナー通りは零下5〜6℃。
ダイヤモンドダストが舞う。
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お付きの侍女に着替えをさせてもらい、今宵はハプスブルグ家の栄華を夢で辿る。
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ホーチミン市、美食の果て [セルフィッシュ・ジャーニー]

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ホーチミン市上空。

空から明かりの数を見ると、さすがにベトナム第一の都市である。

東京と比べても決して見劣りのしないソフィスティケイテッドなホテルが軒を並べるドンコイ・ストリートを囲むダウンタウン。
その中でもリノベイションが済んだばかりという、瀟洒な白亜のフレンチコロニアルホテル、Park Hyatt Saigonへチェックイン。
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館内は洗練されたクリスマスのデコレーションで、美しい。
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リゾートを満喫した後、次男の本拠地ホーチミン市に戻って食した美食の数々。
1週間で2kgの脂肪を我が身に纏わせた堕落の元を語らずして、次のウィーンへは飛び立てない。
味覚の記憶は、意外に早く過去へ送られるものだからして。

次男が私の出発までにホーチミン市内で何食ご飯できるかを数えて吟味した(笑)珠玉のレストラン達を。



糊を程よく効かせた番手の大きいシーツと、たっぷり用意されたふかふかのタオル類に肌を滑り込ませることができるのは、何と言ってもホテルに滞在する大きな醍醐味だ。
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・・で朝はこの上機嫌である。
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しかし、自分でも何となく気が付いてはいる。
このベトナム滞在で体重がじわりじわりと増えていることを。

それもそのはず。

3食みっちり次男相手に食べ続け、アルコールが無いのは朝食だけ。
いや、The Nam Haiでは朝もシャンパンのカクテルを飲んだな・・・

写真コレクションの域に達したパンケーキとサニーサイドアップ。
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Park Hyatt Saigonのそれらは、至ってオーソドックスでちょっと安心する。
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市内散策のついでに次男が是非、と連れて行ってくれたのは、ブラピ一家御用達というベトナム料理の一軒家レストラン、Cuc Gach Quan。
http://www.cucgachquan.com.vn

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エスプリが利いて洗練された印象の田舎家テイスト。

縁の欠けた食器は、一つとして同じものが無いという主張なんだという。
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水庭を挟んで見える調理場で、おばちゃん達が冗談飛ばしながら作り上げるベトナム家庭料理はとびきり美味。
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トイレのインテリアがこれまたシャレている。
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便器に座り込んで撮りまくる。

外国人にベトナム料理をリクエストされたら、ここへ連れてくれば先ず間違いが無いと、次男。
何度もそれぞれのホテルでリクエストしても用意が無かったSaigon Specialにとうとう有り付いて。


次男のオフィスの日本人同僚達とは、アルゼンチンステーキの店、El Gauchoへ。
http://elgaucho.asia/thailand/butcheries.html
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スタッフの対応が横柄で大減点だが、肉は素晴らしい。
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日本以外でこんなにジューシィなステーキに初めて出会った気がする。

サイドメニュー、ソースが自由に選べて、自分で好みのプレートを作り上げるスタイル。
200g、ミディアムレアを完食。



ホーチミン出発直前にPark Hyatt内のダイニング、Square Oneへ。
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デザインプロデュースは、日本のデザイン集団Super Potato。
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バー、肉料理、魚料理、デザートのパートが、すべてオープンキッチンになっており、活気が客席にこぼれ落ちる趣向。
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料理はベトナミーズを中心に。
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次男はここぞと、また300gのフィレミニヨンを平らげたけど。



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ベトナムのクリスマスは、どこか昭和なデコレーションだ。


次男によれば、ホーチミンのクリスマスは大変華やか、かつ賑やか。
今年の日本のハロウィーンのようなものらしい。

街角の至る所に、サンタコスチュームを売る露店が建ち並ぶ。

3年前に比べ、ホーチミン市内はぐっと高いビルディングが増え、洗練されてきた印象。
食もまた然り。

何を食べても東京と変わらなく美味しいと感じる。

日本へ帰れば、まだ忘年会、クリスマスシーズンの真っ最中。
そこへこのオーバー体重を引っさげて帰るのは憂鬱だが、仕方ない。

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ベトナム母親参観ツァー。

美しいホテルとおいしい料理と、息子の軌跡。

これより素晴らしい旅行が、他にあるだろうか。

帰路の機内で独り言ちる還暦の母親、ここにあり・・・






ダナン、ヴォールトを編む [セルフィッシュ・ジャーニー]

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帰国して数日経ち、手元に残された現地のオブジェクトは僅かでも、あの湿り気を含んだ風と、視覚を刺激したしなやかな撓みを鮮烈に今も思い出す。


今回の旅の第一の目的は、ホーチミン市の建築事務所で働いた次男の退職をもって、その4年の軌跡を辿ることであった。
震災直後の打ち拉がれた感情の中で送り出した時の親としての無力感が、時間の経過と彼自身の努力で培った対象物を見ることで、何か変わるかも知れないと期待したから。



ビリヤードはこのベトナムに来てから覚えたらしい。
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朝食後の運動に、彼のレクチャーを受けつつ一戦。

その後、オフィスの手がけたリゾート施設を見学に出掛ける。
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投宿したThe Nam Haiから車で5分のNAMAI RETREATは、近年発展目覚ましいダナンのビーチ沿いに立ち並ぶ大型リゾートホテルの一つで、その中にの次男の所属していたVo Trong Nghia Architects が手がけた建築物がいくつか点在する。
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ボスのギアさんはベトナムの今や若手のトップ集団に属する建築家で、次男とは同じ大学に留学されていた関係で、震災後の混迷の中にいた息子に声をかけてくださったようだ。

ギアさんの建築のシグネチャーは何と言っても他に類を見ない竹の建築。
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長期間下処理を施した竹で巨大なバスケットを編むようにドームを作り上げるのは、長年ギアさんの指導のもとで技術を学んだバンブーワーカーと呼ばれる熟練現地職人。
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その手仕事は正確で美しく、繊細で力強く、見ていてため息が出る。




NAMAI RETREATにはいくつかのギア・アーキテクツ作品がある。

コンベンションホール。
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プールバー。
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地中にもぐりこんだようなコンドミニアム、通称スシ・ハウス。
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竹は構造としては使われていないが、打ちっぱなしのコンクリートの型枠となっている。
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特筆すべきは中央の大きなレストラン。
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これを見て、ゴシック建築の交差リブヴォールトや英国の聖堂によく見る扇状ヴォールトを思い浮かべるのは私だけだろうか?
(次男によると特にそこは意識していないということだったが・・・)

このレストランは8月、日本のTV番組でも紹介されている。
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いい加減、子離れせいよ!!と息子にど突かれながらも、その足跡を追う。
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それは自分の下から飛び立った存在が、社会に何を還元するかを確かめる模索でもある。
母親とは、かくも愚かで面倒くさいもの。


覚悟しなさい。
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ホイアン、色彩迷路 [セルフィッシュ・ジャーニー]

ー以下帰国後記述ー

色彩の濃い町である。
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The Nam Haiのヴィラでアフタヌーンティーを頂いた後、夕刻のホイアンを次男と歩くことにする。
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ホイアンには3年ほど前、次男がホーチミンのオフィスで働き始めて少ししてから、一人で来たことがある。

ハノイから出発、細長いベトナムを南下して、次男とニャチャンで落ち合うまでの道のりの途中だった。

ダナン空港からは車で約1時間。
ランタンに彩られた夜景をまるで夢の中を泳ぐように堪能した。
その後町のはずれの簡易なホテルで食べた、揚げたての川エビと冷たい白ワインのきりりとした温度差を思い出す。

震災後ベトナムへ渡ったその時から会っていない次男の安否を、心のどこかに引っ掛けての町歩きだった。


その時とはメインストリートの逆端に位置する夕暮れの日本橋が、今回の歩き始めのスタート地点。
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あの時と同じ鮮やかな色彩の洪水が3年の月日を溶かし出す。
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あの時何も負うものが無かった自由な足取りは(それで段差を踏み外して足首をくじいたのだった・・・)、今、ちょっと複雑な思いにからめ取られている。
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折しもクリスマス・シーズンである。
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濃い、中国情緒。
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迷路のような路地裏に見え隠れする、世界遺産に住む人々の営み。
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いつもその従順さで一人旅の緊張を解いてくれる犬達。
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そして何と言ってもランタンの町が美しく際立つのは、マジックアワーだ。
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トゥポン川に映した明かりで、夢のような風景が増幅される。
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一人旅では気軽に入れなかった町中のレストランにも、次男という相手がいれば、ワイン飲むぞという気負いを片手に乗り込める。
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ベトナムへ来て感動するのは、どんなローカルなレストランやカフェにもフリーWIFIが発達していて、食事をしながらメールのチェックもFBの閲覧も自由にできることだ。
社会主義の途上国では断トツらしい。

心の痛いメッセンジャーのやり取りの最中だったりすると、それもいいのか悪いのか。

しかし、それも夢の中のこと。

明かりと色彩のラビリンスの中で、そんな錯覚に陥るのもいい。
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The Nam Hai、静寂の構図 [セルフィッシュ・ジャーニー]

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ほお。
なるほど。

ベトナム第3の都市ダナンの空港から世界遺産の街ホイアンへ向かう海沿いの道筋は、いまやリゾートホテルの建設ラッシュである。
その中でも現在不動のクオリティ1位を保っているというThe Nam Haiへ、Amano'iのあるニャチャンから移ってきた。

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きっかりの左右対称が、400ヘクタールという広大な敷地に果てしなく繰り返される。

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中国テイストの濃い色合い。
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どちらかというと不均衡の中に生き生きとした躍動の美を見出すことに魅力を感じる方だが、ここまで徹底されるといっそ納得がいく。

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左右対称の構図は静寂を生む。

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自然の中にあえて計算して不便な動線を配置し、リトリートの雰囲気を盛り上げたAmano'iと比較すると、こちらは作り込まれたリゾートでファミリー向けといったところか。

中国テイストは建物の配置やデザインだけではない。

静寂のプライベートエリアから一歩出て、人の集まるダイニングへ出て行けば、そこはオープンキッチンを中央に配して旺盛な食欲を刺激する、生き生きとした喧噪の世界。
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中国には行ったことが無いが、きっと食の文化とイメージはこんな風だろうと想像できる。
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朝からシャンパンもあり。
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食材の色彩の洪水。
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滴り落ちる蜂蜜。
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お決まりのサニーサイドアップとパンケーキ。
ちょっと捻り過ぎ?
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夜はその音と色彩が光の旋律に変わる。
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このあたりの空気の強弱感は、ホテルの意図そのものだろう。

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すごく好みかと言えばそうではないが、なかなかよく考えられている。

チビどもを連れて来たら楽しいだろうと思えるホテルだ。
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Amano'i、漁村にて [セルフィッシュ・ジャーニー]

どの国のAman Resort Hotelsにもシグネチャーの花がある。

例えばラオスのAmantakaでは白菊。
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シグネチャー・フラワーはファシリティの至る所で繰り返されて、ゲストの心に強い印象を残す。
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Amano'i の場合、それはチュベローズだ。
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ディナーのダイニングへ至る廊下に、夜風に乗って甘い香りが漂う。
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ちょっとしたニッチにも。
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香りと記憶は密接に結びつく。

この先チュベローズの香りを嗅ぐ度に、私はこの甘美なホテルを思い出すだろう。
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日中泳ぎ疲れて、キンキンに冷えた白ワインでランチを胃に流し込む。
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この旅、ちょっと調子に乗って飲み過ぎ、食べ過ぎかも。
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夕方、ディナーへの食欲を取り戻すために近くの漁村へぶらりと散歩に出掛ける。
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この国でウェディングの撮影は至る所で行われているが、ここでもか!
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どこの国でも子どもたちは屈託が無い。
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ベトナム独特の一寸法師のお椀形の舟は、水やこまごまとした物品を漁船に届けるために使われる。
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少年たちが器用に櫂を漕ぐ。
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その海で採れた宝石のような恵みがホテルのテーブルにのる。
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美しいホテルと周囲の営みとの段差を裸足で登る、遠い島国から来た自分。
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この日々をずっとずっと忘れない。
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Amano'i、夜景を演出して [セルフィッシュ・ジャーニー]

夜景が美しいホテルだ。

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建築の仕事をしている次男をも唸らせる照明デザイン。
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重厚なバーカウンター。
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(次男が距離計でこっそり測ったらカウンターは9m)

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クドさの無いチャイニーズテイストが反復される。
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次男によれば、桟の一本一本に角度をつけて削り出してあるので、照明の光が当たった時に明るい面が目に入るのではないかと。

ヴィラの夜景。
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パウダールームの小さな花にもスポットが当たるように。
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無骨になりやすいリーディングライトは、折り畳んでニッチの上部に収納される仕掛け。
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ことさらに豪華さを誇示しない一見地味な建築物が、計算され尽くした照明デザインによって、夜はその手を抜かないディティールの重厚感が増す。
どこを歩いても美しいと感じるナイトシーンが用意されていて感動する。

それならば、さっきブティックで買ったドレスを着て、ディナーに出掛けよう。
まあ相手は息子だけれど、お酒を飲みながら、海風に吹かれながら、美しい夜景の中で食事するのはサイコーだ。
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二晩目は、ベトナム在住4年目の次男セレクトのベトナミーズ。
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貝と白身魚と香草のマリアージュ。

この料理にベトナムビール以外はダメ、という次男に従って1杯めは333(バーバーバー)、でも2杯目からはやっぱり白ワイン。
めちゃくちゃ美味しい。


部屋はターンダウンが済んで、安眠へ誘われる。
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日本との2時間の時差を、夢の中で追いかける。






Amano'i、無音の世界から [セルフィッシュ・ジャーニー]

好きな音楽さえも、ここでは排除したい。
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日頃自分がどんなに雑多な思考や役割や音楽にまみれているかを知るために来た、ベトナムの海を臨むリゾート。
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海になだれ落ちるかのようなインフィニティプールを配したプライベートヴィラ。
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夜明け前の景色を映す水面に、ただ何も考えずに身体を浮かべている。
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4月の混迷のインドより、約8ヶ月ぶりの日本脱出。
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最近の私を知る人達からは、あまりに日本残留期間が長いので具合でも悪いのかと散々心配されたが、何だか周囲が慌ただしくて単純に機会を失っていただけである。

・・・でこの年末近い超多忙な時期に、しかも◯マハのバンドライブが近づいて練習に励まなければならないのに、ホーチミン市の建築事務所を退社した次男の4年間の足跡を参観する旅に出たのである。
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到着したホーチミン市の国際空港はロビーを一歩出るとこのカオス。

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明らかに到着客数の100倍はいそうなお出迎え人員。

すてきだ、ベトナム。



市内のホテルで次男と落ち合い、翌日空路でニャチャンへ。

ベトナム初のアマンリゾート、Amano'iが最初のデスティネーション。
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ベトナムでリゾート建築を手がけた次男に、アドバンスなヒントをくれるといいけど。
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朝、プライベートヴィラの前の海がバラ色に染まる。
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Good morning, Vietnam~~

プールから直接シャワーブースに入れる設計が秀逸。
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シャワージェル類を配したニッチのデザインも素敵。
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アメニティのディスプレイも絵になる。
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昨晩、二人で散々飲んだり食べたりしたのに、朝一泳ぎしたせいか、朝ご飯だってちゃんと食べようって気になる。
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海を臨む岩肌に点在する40近いプライヴェートヴィラからなるこのホテルは基本お篭もり系なので、ダイニングやバーへ行くにもすべてスタッフのカートを呼ばなきゃ行けない、非アクティビティの世界。

しかし、朝からビーチへ降りてシュノーケリングする気満々の親子は、そんな雰囲気をものともせずにガッツリ朝ご飯である。

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お決まりのサニーサイドアップとパンケーキを当然ここでも試す。。
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リコッタチーズでふんわりさせたパンケーキは、捻り過ぎでちょっとアウト。

ダイニングへのアプローチも、中国の格子扉のパターンが繰り返されていて美しい。
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ダイニングを地下へ降りると、より喧噪から遠ざかるライブラリー。
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シェルフのライティングが、リズミカルで可愛すぎる。
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さあ、無音を脱出して活動開始。

リゾートは始まったばかりだ。
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混迷のインド、でもまた行きたいかも・・・ [セルフィッシュ・ジャーニー]

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ニューデリー空港のイミグレーションを抜け、後ろを振り返る。

ざまーみろ!
(また言ってしまった・・・)

ついにインド脱出。
もう10時間もすれば快適で清潔な日本じゃ。

インドなんか二度と来るか、ボケっっ!



・・・・・。。

ああ、こういうことなんだなあ、あの本のタイトルは。
http://patchouli.blog.so-net.ne.jp/2015-03-02


日本が3時間早く目覚める頃、空港近くのホテルでのエクストラな滞在の中で、チェンナイまでのガイドをしてくれたランジャンと連絡を取ることに成功。

ランジャンは当日深夜のANA便で(インド人も避けるエアインディアか・・・)日本へ渡航予定。
忙しい中、ホテルに駆けつけてくれる。

ランジャンは私が買ったJALのチケットの値段を聞いて驚き、一緒に空港まで行って、精一杯例のツァーデスクでクレームをつけ、エアーインディアのカウンターでキャンセルの証明書を取り直してくれたけど、私が動転してbillを受け取るのを失念していたため、もう何を言ってもお金が戻るわけではない。

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ありがとう、ランジャン。

彼は、
「マナさん、私の過去4年間のお客さんの中で、こんな高いチケット売りつけられた人いませんよ」
と残念がってくれたけど・・・・

でもさ、ランジャン。

あの完璧アウェイの状況下で、このチケットを買う以外、私に何か方法があったのだろうか?

あとはただツァーデスクがよこしたコンファームシートが偽物でないことを祈るのみ。
(それもあり得ると思えるところがインドである)

人影のなかった深夜とは違って活気を取り戻した午後のJALカウンターで、可愛らしいインド人の地上スタッフに、
「オカエリナサイマセー」
と言われた時には涙ぐみそうになる。
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昨夜同じ場所に、日本語のほんの小さなかけらも落ちていなかったことを考えると、まるで違う国のようである。

コンファームシートと引き替えに渡されたボーディングパスは、いつもなら使い捨てるところだが、今回ばかりはまるで宝石のように思え、愛おしい。
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これで日本へ帰れるんだ。

二重三重にコトを面倒にして私を引き止めたインドともついにおさらばだ。

・・・で、あのタイトルどおりの暴言である。



予想はしていたけど、インドは気の抜けない手強い国であった。
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(Village-Ajabgarh Dist, Rajasthan, near Amanbagh)
(すみません。このオジさんは無関係です)

また、予想よりも衛生状態は悪くないが、その辺の水を飲むのは止めた方がいいのであった。
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(Amanbagh Alwar, Rajasthan)

そして予想よりもはるかに楽しく・・・・
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(Village-Ajabgarh, Alwar, Rajasthan)

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(Somerset Greenways Hotel,Chennai)

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(Taj Mahal, Agra)

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(Chand Baori, Rajasthan)

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(Bara Imambara, Lucknow)

予想をずっとずっと超えて美しい国であった。

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(Amanbagh, Rajasthan)

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(The Shipra International Hotel, New Delhi)

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(Bara Imambara, Lucknow)

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(Amber Palace, Jaipur)

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(Taj Mahal, Agra)

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(Bara Imambara, Lucknow)

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(Amber Palace, Jaipur)

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(Chand Baori, Rajasthan)

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(Amanabagh, Rajasthan)

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(Bara Imambara, Lucknow)

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(Hawa Mahal, jaipur)

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(Bara Imambara, Lucknow)

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(Rambagh Palace, Jaipur)

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(Ganga, near Kannauj)

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(Ganga, near Kannauj)

旅を企画し、レアな香料の探索を実現してくれた調香師、ミスター稲葉に心から感謝。
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香料の勉強をしてみたい方は、是非こちらのワークショップをお訪ねください。
http://www.profice.jp/prof.html
(現在は大分県へ移転しています)

そして最後の最後まで日本人の味方になってくれたガイド、ランジャンには抱きしめたいほどのTHANKSを。
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バックパッカーのように自らの素手で国と対峙する勇気が無い私たちは、ガイドというリトマス試験紙を一旦通過した国しか知ることが出来ない。
そういう意味で、ガイドってある意味、下手な政治家より外国に影響あるんじゃないかと思いますよ、ランジャンさん。

「お腹を壊さず、インチキに会わない安全なインドの旅」を保障するランジャン・ジャーニー。
私がランジャンと別れた途端、散々な目に遭ったことから、この保障がダテじゃないことが分かろうかと思う。

インドを楽しく旅行したい方は是非こちらへ。
http://ameblo.jp/ranjan/theme-10084935217.html


今回はほとんど観光というものをしていないが、インドには見るべきものがもっともっとあるのだろうと思う。
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(Amber Palace, Jaipur)

日本人にはピンとこない階級が生活の中に厳然とあり、900近い人種と言葉を有し、計り知れない人口を抱えるため、どうしても制度や手続きが複雑で面倒になる。
日本ならAからBへダイレクトにいくのに、インドではその間に中間のマージンや仕事を取る人が無数に挟まるからだ。
そうやって利益を分配しないと、生きていくことが出来ない国である。

その辺はガイドに従って、うまく避けていくしか無い。



さあ。
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心折れることもあったけど、最後まで健康だけは損なわずに元気で帰って来られたし、楽しい思い出もいっぱい詰まった、予想どおりに濃かったインドの旅。

また行くかと問われたら、躊躇無くYESと言おう。
(でも絶対、航空会社はよく考えて・・・)

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また続編を書く日を夢見て、混迷のインド、一旦終了です。


混迷のインド、 どうしてこうなる、エアインディア [セルフィッシュ・ジャーニー]

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比較的、人生の修羅場というものを経験せずに生きてきた幸せな日本人である。

そのため考えも浅く、お調子者で、無謀である。
だから息子達をして、無知ほど怖いものは無いという言葉をオレたち、お母さんを見てよーく学習したぜと言わしめる。

大学生時代、一人で1ヶ月間ホームステイをしながらインドを巡り歩いた次男が、常々「インドだけは女一人で行ってはいけない」と言っていた意味を深く考えもせず、ミスター稲葉と分かれた後数日間だけだから、とロンリープラネットしたことを今は深く反省する。
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いったいどこの家出娘。
大切そうにぶら下げたズダ袋には、インド到着2日めのアーグラでの獲物が入っている(涙)
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これ、そんなに大切なものだったのですか、マダム。
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余談が長くなって。

突然ですが・・・・
空港の床に座ったことありますか?

ベンチじゃなく、人の踏み荒らした泥と砂とワケの分からない汚水にまみれた床、ハトがわさわさ乗客の頭上を行き交う、よりにもよってインドのジャイプル空港の・・・
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(あ、私、毎日のように空港の床に座っています、と言う方はこの辺飛ばしてください)

普段ソファやベンチの目線で見るのと、ヒンドゥー語と不安に包まれて床から見上げるのとでは、こんなにも空港という景色が一変するものだと驚愕するので、もしよろしければ是非。

最終日、Amanbaghのガーランじゃないドライバーに、もちろんあのアヤシい骨董屋に寄ることもなく、2時間の道のりを送り届けられてジャイプル空港に到着、エアインディアのカウンターで、デリーでトランジットする成田便までをチェックインして2枚のボーディングパスを受け取り、ラゲージもスルーで成田まで預け、気分はもう「カレーもいいけどおせちもね!」な感じだったわけである。
(このギャグが分かるのはアラ60代のお仲間です・・)

前日の騒動でほとんどお土産など買っていないので、最後に全部ルピー使っちゃうわよと空港内の小さなショップに入り浸っている間に、多分外の様子は急変していたのだと思う。
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小さな空港に人がやけに溢れ始めたなと思うと同時に、ジャイプル地方は現在ものすごい砂嵐で視界不良、私の乗るはずのエアインディア・デリー行きのみならず、すべての運行便の離発着を停止しているとのアナウンス。
インフォメーションボードにはdelayの文字が並び、小さな地方空港内は足止めされた人々であふれ、一旦立ったら座るイスは二度と回って来ない。
階段にも人が座り込んで上り下りも出来ない状態。
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デリーのトランジットには4時間取ってあるからと、最初は余裕こいていたが、2時間経っても3時間経ってもデリーから多分来るのであろう折り返し機はウィングの先に見えない。
トランジットの時刻がリミットに近づく焦りの中、ついに恨みのエアインディア・デリー行きが「delay」ではなく「cancel」になったとのアナウンスが流れ、待合室からは一斉に落胆のため息、そして次々に人々が席を立ってゆく。

Why? Why was Air India so easy in this situation?!

他の航空会社は、2時間3時間遅れでも、何とか飛び立って行くのに、である。
キャンセルって言ったら、どんなに待っててもデリー空港まで行かないってことですよね?

ざわめきと罵声とアナウンスであふれ返る空港の音の中からかろうじて英語のアナウンスだけを拾い出して必死にリスニングし(普段Johnnyと1対1で話していても聞き取れなくて苦笑いされるのに)、キャンセルになったデリー便は19:20発の他社デリー便に振り替えると知ったのは19:00ちょうどあたり。
デリー発の成田行きは20:00発だったので、もうどうやっても間に合わない。

しかし、その時はそれよりも何とかしてデリーまで行き着かねばという思いで(ジャイプル空港はドメスティック専用なので)エアインディアのチェックインカウンターに走り、放り出されていたトランクを拾い上げてジェットエアウェイズにチェックインし直し、チケットをもぎ取ってゲートに走る。

しかし走った甲斐もなく、今度は19:20発のはずのジェットエアウェイズ機の出発のアナウンスは待てど暮らせど無く、最悪、この機までキャンセルになったらもうジャイプル空港の床に寝るしかないと覚悟を決め始めた22時過ぎ、この日ジャイプルを発つ最後の便としてデリー行き機は飛び立つ。
15時にはドライバーに送られてジャイプル空港に到着していたので、実に7時間も混乱の中で過ごしたことになる。
(しかし、その後のデリー空港での顛末を考えれば、序の口だったのだ、これも・・・)

前日のショッピングと合わせて散々な目にあったジャイプルの町が夜の闇に吸い込まれて行くのを見ながら、もう二度とここには来ないと思う。

23:30、ようやくデリー着。
この旅、5回目のデリー空港である。
仏様の手の形のオブジェも、見飽きてもう何の感動も無い・・・
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さあ、もう乗るはずの成田行きエアインディアは、自社の国内便をキャンセルにしたことなど露ほども反省せず、3時間以上も前に飛び立った後。
どうするよ?マナさん

チケットを手配した日本の旅行社に問い合わせしてみると、もちろん日本も夜中なんで、
「深夜01:00発のANAがあるはずなんで、エアインディアのカウンターで振り替えてもらってくださ〜い」
と、眠そう、かつこのお答え。

振り替えてもらってくださ〜いって、オマエ、自分でやってみろよ、と言いたい。

エアインディアのカウンターに到達したのなんて、その2時間後ですぜ。
ANAなんてもう離陸してる時間である。

相手は海千山千のインドのナショナルフラッグシップ、エアインディアだぞ?

すんなり、
あ、ウチのドメスティックをあんなにあっさりキャンセルしてすみませんでした。日本に帰れなくてさぞお困りでしょう。ウチには利益になりませんが、ANAさんのビジネスクラスに振替の手続きしてチケットお渡ししますね。
・・・とでも言うと思っとんのかいっ!

この空港、まずは成田や羽田のように見送りの人も含め誰でもとりあえず出発ロビーまでは入れると言うわけではなく、空港入り口には多分銃を持ってる感じの警備員(?)がいて、Eチケットなり、チケットが無いならその理由を示した何らかの証明書なりを見せないと、もしくはなにがしかの袖の下を渡さないと入れない。
(しかも後で考えるに、コイツらがいろんなエアラインや旅行会社と賄賂で絡み合ってるらしく、尋ねる人によって全く別のカウンターに行けと言ったりする)

「エアインディアのカウンターに行って振り替えてもらってくださーい」のまず「カウンター」に辿り着けないわけである。

そのためには出発ロビーの外側にあるそれぞれの航空会社のオペレーションセンターみたいなところに行って、「ジャイプル→デリー便がキャンセルになり、デリー→成田便に不可抗力で乗れなかった」という証明を出してもらい、それを恐ろしげな警備員に見せて空港内に入れてもらい、エアインディアのカウンターに行ってようやく振替の要求をする(結局振替なんかしないのだが)という流れ。

この複雑なシステムをその時は全く理解できず、英語とヒンドゥー語ちゃんぽんの説明も分からず(テキトーな裏話はヒンドゥー語使うので、雰囲気が伝わりにくい)あっちのカウンターへ行け、こっちでマネージャーに話ししろ、とたらい回しされているうちにANA離陸時間である。

薄々、こちらの要求も通っていないし、ANAはもとより他社の便に振り返るつもりなんかエアインディア側にはさらさら無いことに気付き始めた時には夜中の2時を回る。

エアインディア成田行きは毎日出ていないと聞いているし、JALかANAの直行便のチケットを買い直すにもスケジュールも分からず、それらのカウンターにも一日1便の飛行機がとっくに出てしまった後なので人影がなく、途方に暮れる。

広い空港に日本人皆無、完全アウェイ。

なんて国なんだ、インド。
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しかし、神様はいるもんである。

ふと上げた目に留まったのは、カウンターでチケットを買ったばかりとおぼしき一人の日本人のおじさま、M田さん。
地獄で仏って言葉、この時20回くらい思ったね。
日本人のおじさまってすてきだなと思ったね。

M田さんは、逆に日本から5時間遅れのJALでデリー到着、プーナ行きのドメスティックを逃してチケットを買い直したところで、「基本、遅れやキャンセルで逃した乗り換え便の保障なんかしないですよ、航空会社は」と言い、空港のビル内に間借りしている旅行会社のデスクで、一番早い直行便であるJALのチケットを買うのを手伝ってくれる。(ツァーデスクでは盛んにチャイナエアラインで上海トランジットを勧められたが、エアインディアと同じくらい危険な匂いがするんで絶対ヤダと言い張る)

それでも丸一日時間があるので、同じツァーデスクで空港近くのホテルを紹介してもらい、白い清潔なシーツがかかったベッドに倒れ込む。
午前3時、よくここへ辿り着くまで倒れなかったと自分を褒めてやる。
遅い朝食をマネージャーと話ししながらAmanbaghで食べてから20時間近く、水しか飲んでない。

倒れ込みながらも、予定便に乗れなかったことを夫に電話、FBに上げると、What happened?の声が続々。
皆さん、本当にありがとう。

一人じゃないってステキなことね。

ようやく冗談言う余裕が出たのは、ここからである。
あんなに一人旅、一人旅とこだわったのに、このザマである。

なんで、国内便がキャンセルになって帰国便に乗れず、新しいチケットを買い直すという単純な作業が、ここまで面倒なことになるんだろう、この国は。

振替なんかするかい!と最初にハッキリ言ってくれれば、あ、そう、と新しいチケット買い直す算段にすぐ入れるのに、「あー、マネジャーに相談してやってあげるよ」みたいな対応した後、1時間以上もヒトを引き回したエアインディア。

「振り替えてもらってくださーい」とノンキに言った日本の旅行会社。

アンタらのせいで、振替が出来ると信じて2時間ムダにしたじゃないかYO?

そこへ加えて何一つ、どこへ行くにも自分の自由には行き来できない、デリー空港の複雑なシステム。

私、またインドへ行くかも知れないが、二度とエアインディアのトランジットはしない。
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うなぎとご飯と錦糸卵が別々になってる櫃塗しを出してくれたって、だ。
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偶然にも同郷だったM田さんには、どんなに感謝してもしきれない。




混迷のインド、インドな商法 [セルフィッシュ・ジャーニー]

帰国後1週間、まだインドに振り回されている。

なぜって・・・

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そう、コイツが来ちゃったからである。

インドでガイドについてくれたランジャンは、一日帰国が遅れた私と同日に来日、北から南まで日本中のグッドクライアントに連日接待されっ放しの、ゴージャスで移動距離がハンパ無い2週間のバカンスをお楽しみ中である。

埼玉の知人に会いにきたついでに、セラピストたちとの女子会になだれ込んで来たかと思うと、「マナさん、明日軽井沢に泊まりたいデス〜」
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と、前日の夜11時(!)にメッセージを送ってきたりするので、オイ、日本の緻密な秩序を舐めんなよと言いたい。




インドでのエマージェンシーは、突然やって来た。

ランジャンと行動を共にした最初1週間が何事も無く、一番心配していたお腹の具合もすこぶるいい調子でクリアーできたので、現在の熱波の予兆のような連日40℃超えの暑さの中で動きながらも、心の隅で「インド、楽勝?」と小さく思い始めていたんである。

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1週間の香料視察を南インドのチェンナイで終えてミスター稲葉と別れた私は、最後にインドを自由に(=ゴージャスに)楽しんでやると意気込みに燃えて、西インドの砂漠地帯ラジャスタン地方のド田舎にあるアマンリゾート、Amanbaghに向かうために、デリー近郊の自宅へ戻るランジャンと、この旅4度目の(ラクナウ往復も空港経由だったので)ニューデリー空港を目指す。

イヤな予兆はこの時からあって、デリー直行便だったはずのエアインディア国内線がキャンセルになり、バンガロール経由に振り替えられる旨の連絡が前日に入っており、うんざり。
直行便なら1時間ちょっとのデリーへ、なんと4時間以上かけて着くことになる。

混迷のインド、この辺りから本領発揮なんである。

本来ならニューデリーでトランジットしてジャイプル空港まで行き、そこから車で2時間かかるAmanbagh。
しかしホテルからはターバン姿のドライバーがニューデリー空港まで迎えにきており、一気に4時間半の陸路をホテルまで突っ走ることとなる。
最初はヤだなと思ったこのトランジットを回避した選択は、結果的には成功だったんである。

後、日本で(しかも2回)、さらには再びインド国内で彼に会うことになろうとはこの時露ほども考えもせず、私たちはいつかきっと会おうねと固い握手を交わして、ここでランジャンとはお別れ。

さああ、これできれいさっぱり一人旅よ。
ドライバーのガーラン、よろしくね。

人いきれにまみれたデリー市街がぐんぐん後ずさっていき、車の中まで埃っぽくなるような砂漠地帯を駆け抜ける時、砂塵に煙る地平線に真っ赤な太陽が沈むのを見る。
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インドだなあ、と感動する。

最後の1時間は身体が天井まで跳ね上がるような悪路を闇の中をひた走って着く、Amanbagh。
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それまでのインドと、同じ国内と思えと言う方がムリである。
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酷暑のためこれからクローズドになるというホテルの最後の一人となった私を、スタッフは精一杯歓待してくれたと思う。
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ここにいる限りは安全、と私も心にかけていたカギをついにはずしてしまう。

ニューデリー空港から4時間半の悪路を上手にひた走ってくれたガーランは、数人雇われている現地人ドライバーの中で一番ドライブも英語も達者らしく、私がどこかへ出掛けるのには必ずお供につき、埃が舞い上がる田舎道を「運転してみる?」と言って走らせてくれたりもする。

車で片道2時間のジャイプル観光に出掛けた時、ジャイプル市街で待っているというガイドに出会う前にショッピングを済ませてしまおうと言う彼を、その時点で私はこれっぽっちも疑わない。
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ホテルが用意したと彼が言うショップリストを見せられ、その筆頭に載っている店(・・・だと彼が言ったのだが、本当にその店だったのかは今思えば疑問)に連れて行かれ、虹のように光り輝く ヴィンテージだという1枚のサリーを15万円と言われた時にも、いくらなんでもインド価格にしちゃベラボウだなと思ったけど、ガーランが適正な値段だと断言したので、心の判断の針は「信用」の方に振れたのである。

今、そんなお金は持ち合わせていないし、カードも無いから(ホントは持ってたけど)と店主に言ってみると、

「ウチはAmanbaghとお友達だからホテルでチェックアウトする時に一緒に払うか、明日ジャイプル空港から出発するついでにここへ寄って払ってくれてもいい。布は今、渡します。チャイどうぞ。これ飲んだらアナタとワタシ、友達ね。アナタ、布手に入れてハッピー、ワタシ、アナタと友達でハッピーね」

オーイ、これどこかで読んだことないか。

典型的なインド悪徳商法のセリフじゃなかったっけ?

心に少しずつ疑問の雲が湧き上り始めた私の前で、ガーランはホテルと支払いの交渉をするような電話のやり取りの小芝居をして(後でホテルに聞くと電話なんてやっぱり無かった)信用させようとするが、とにかくお金は今払えないと押し通し、でも無理矢理布は持たされる。

この後、笑っちゃうほど筋書きどおりに、「見るだけでいいから兄弟がやっているジュエリーショップへ行こう」と連れ込まれそうになったが、宝石には一切興味が無いと言って車から降りず。

何だかこの一件でジャイプル観光の時間も減り、つまんなくなる。

その後ミートしたジャイプルの日本語ガイドに相談すると、その値段も、自分は朝から待っているのになかなか(私と)会わせてくれなかったのもおかしいから、先ずは別のサリーの店でその布を見せて評価してもらった方がいい、値段が適正でなかったらジャイプルにいるうちに布を返した方がいい、と言ってくれる。

基本、ランジャンもそうだと思うが、日本語ガイドは今後日本人の観光客とつながりを持ちたいので、日本人の悪いようにはしないはずだ。

実際、地球の歩き方にも載っている別の店でその布を見せたところ、ヴィンテージだとしてもせいぜい3〜4万でしょう、とのこと。

日本語ガイドと別れた後、私がガーランに布を返却したい旨を告げ、アンタにはつくづくガッカリしたと言うと、彼はわけのわからぬ早口の英語でずっと日本語ガイドの悪口を言っていたが、もし返却させないようだったらホテルのマネージャーとアマンリゾートの本部に一部始終をクレームする(アンタのクビ切ってやる・・までは言わなかったが、匂わせて)と言うと、ようやく返却に応じる。

Amanbaghの運転手という彼を信じたし、アマンの評判だって、あの超アヤシい雰囲気の中でさえ、何とかこれが本当なんだと自分に言い聞かせる根拠にもなったはずだ。

このトラブルですっかり日は暮れ、人っ子一人いない真っ暗な夜道を、押し黙ったガーランの運転でホテルに戻る2時間は、本当にホテルに行き着いて約束してあったアーユルヴェーダのトリートメント受けられるのか(そんなノンキな気分でもないが)、どこかに連れ去られるのではないかというイチカバチかの緊張で眠ることも出来ない。

とんだジャイプル観光になってしまった。
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翌朝ホテルのマネージャーを朝食の席へ呼び出し、ガーランの一部始終を訴えたが、すでにガーラン側からのインチキ報告を受けた後らしく、またやはりスタッフを庇いたい気持ちもありありで、あまり親身になって聞くことは無かった。
(彼のことをムチで叩いてやりました、みたいなことを言っていたが、そんなこと望んでないし、第一絶対ウソだろ)

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日本でさんざん語り継がれるインドのぼったくり商法。

ランジャンはそういうインドの恥部を日本人が語ることを「フェアじゃない」って言うけど、現にこうして、しかもアマンという名高いホテルの管理下でも、堂々白日の下で起こるのだ。

衛生状態は前に記事で書いたとおり、想像していたよりかなりマシな状態だと思うが、あれこれ余計な気を遣わずにお買い物が出来るインドにならないと、ダメですよね、軽井沢ソサエティ満喫中のランジャンさん?
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以前イギリスを一緒に旅した画廊経営者が、「アンティークやヴィンテージを買う時は、きちんとしたレシートや証明がもらえないことが多いから、必ずメモ書きでもいいからどんな時代に誰の所有だったかを店主に書いてもらうこと」とアドバイスをくれたのを思い出して要求したら、返って来たのがこのメモ。
(ショップカードを、住所が入ってない個人名のカードにすり替えているところも心憎い・・)
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50 years agoなら、自分でも書けるわいっ!





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