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ふじみ野、パチュリの思い出 [フレグランス・ストーリー]

最初の記事は、2007年11月26日。

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「おいで!パチュリ」は、一番好きな香りの名前からだった。

イギリスのアロマテラピーを学んでトリートメントサロン「オフィキナリス」を設立し、夫のクリニックを補佐する自分の立ち位置から、本来の代替医療としてのアロマテラピーを追求していこうというスタートラインに立った頃だった。

院長室を区切ったにわか作りのトリートメント室から、妊娠・出産期をアロマテラピーを併用して自分の意志で乗り切っていった患者様が、沢山初々しい母になって巣立っていかれた。
エッセンシャルオイルの薬効成分による実際の効用だけでなく、会話と掌から伝わる患者様の人生に40週、産科医の夫とは逆のベクトルから寄り添う毎日は、私の人生にとっても大きな方向転換であった。

非科学的な領域と結びついて呪術的に語られることも多かった古来のアロマテラピーに、100年近く前にエッセンシャルオイルの成分分解をもって科学的な光を当てたルネ・モーリス・ガットフォセやジャン・バルネ医師が提唱したアロマテラピーの医学的利用は、最初の抗生物質ペニシリンが発見されて以来、目覚ましく進歩を続ける西洋医学に追い越されて、徐々に価値を薄れさせてきた。

ましてや日本にアロマテラピーが普及し始めたのは1995年以降。
西洋医学がごく一般的となっている今日の土壌に、アロマテラピーの医療的導入は非常に難しいと、いざ現場で働くとそれは身に滲みて感じた。

それでも夫の理解とアロマテラピーのある生活の質を評価してくださった患者様に支えられて、15年の歳月をこの仕事に費やしてきた。
その実践の場を、ここで得られたことは本当に幸せに思う。

近年アロマテラピーは、抗生物質の耐性の問題や、予防健康法、未病における早期治療の観点からひとつの活路を見いだしつつある。
また嗅覚に捕らえられる香りの刺激は信号として脳に伝達され、記憶や自律神経調節に密接に関与することから、エッセンシャルオイルの芳香を利用した認知症や心理障害改善への期待も高まっている。

最近助産師とアロマセラピストがタックルを組んだ我がクリニックの妊娠・出産期におけるアロマテラピーが、簡単ではあるが文献として専門誌に掲載される機会を得、これまでの試行錯誤が一つの形になったような気がしている。



仕事の裏側の私生活では、その間息子達が独立し、両親を送り、東奔西走しながらもようやく母親と娘という二つの立場の責任から、還暦を迎えた歳に解放されることになった。

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ふと立ち止まって考えると、時にたまらなくなるのは、大学生活の延長のように結婚生活に入ったせいで、自分の一人勝負の機会に今まで巡り会わなかったことだった。

自分一人でできることは、いったいどれだけの大きさ(あるいは小ささ)なのか。

自分の素性を全く知らない人達の中の私の価値って如何ほどのものなのか。

賑やかな家族や友人がいない寂しさは何色なのか。

大好きなものに触れられない体温はどれだけ低下するのか。



それらを知るのがこういう突飛な方法であることに多くの人が驚愕するが、それ以外の手段を私は見つけられず、また思いついたら迷う暇がないうちに実行へ移すのが信条。
そして、約半年で準備が整った。
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長らくお読み頂いた「おいで!パチュリ」
これまでこのブログで出会えた多くの方々のお心寄せに心から感謝。

今度はシンプルに「おいで!パチュリ2」と名を変えて、違った舞台と視点から人生模様をお伝えしようと思う。

皆さま、今度ともどうぞよろしくお願いいたします。

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おいで!パチュリ2はこちら。
http://n-officinalis.com/blog_patchouli2/


水戸、同窓会 [フレグランス・ストーリー]

どんなリズムでも、どのペダルでも踏めるように練習するのが先決です。

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しごく真っ当。

裏拍の16分音符がなんとも踏めなくて、ペダルを調節という甘言に釣られた。
先生もよほどひどいペダルなんだろうと思ったのか、とりあえず持って来なさいとのことだったので持参すると、
「軽やかでどこも治すところが無い」

言葉の裏拍は「練習が足りない」。

そのとおりである。

以前「飛距離はお金で買える」と言われてゴルフに嫌気がさして止めたのに、またギアに頼ろうとする。
腕も無いのに好きなドラムを誂えたりする。
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場末のスタジオ(ごめんなさい、◯ベル)で、1時間600円で夢中で練習している若い子達が、そういう時にまぶしく見える。
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サイテーだ、私。

還暦というのに何も悟ってない。




還暦の同窓会。
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四年前に母が、今年二月に父が逝って、故郷に帰る理由が無くなってしまった。
中学校の同窓会は、そんな最後の思いを振り絞るようにして出席した。

当時1クラス40人超の10組編成。
高度成長期のまっただ中、大きくて賑やかな混沌に満ちた学校だった。

その中に埋もれ、大したこともせずに三年間が終わってしまった。
誰と仲が良かったのか、それすらもあまり覚えていない。
とにかく人数が多過ぎて、覚えているのは最後の運動会で誰と二人三脚を走ったか(野球部のエースだった)、謝恩会でイケメン男子のヴァイオリンの伴奏をピアノでやったことくらいだ。

あの学校で、自分が思ってるほど、私の色は濃くなかったに違いない。
そんなに優秀でもなく、そんなにどうしようもないわけでもなく。
ゆるい立ち位置だった。

そのうち大学で東京に出て、そのまま結婚してしまったので、故郷の友人達との付き合いはほとんど無いまま45年も時間が過ぎてしまったのだ。
同窓会は急速に何十年もの時間を縮めるアナログなタイムマシンなのだろうけど、集った100人ほどの同窓生の胸の名札を見ても、思い出すのに時間がかかった。
ああ、そう言えばそういう子がいたなあと思うくらいで、多分みんなも私を見てそう思った程度だろうと思う。

いろいろな人と立ち話をして、数分間だけ中学時代のその人との関係に淡い光が当たった。
みんな必ずしも絵に描いたようなハッピーな状態じゃないかも知れないけれど、それでもここに出席している人生の実りを感じた。
ここにいない、あとの300人の人生をうっすらと思った。

あの頃、自分が何をしたいのか、どういう大人になりたいのか、何が好きなのか、一度も真剣に考えなかった。
高校は成績で振り分けられたし、大学も父の言うとおりのところへ行った。
何一つ、自分で決めたことが無かったと気付いた。




水戸にいく前の五日間、軽井沢で大雪に降りこめられたので、記憶がホワイトアウトしたのかと思った。
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どうせ降りこめられてるのだから、右足がちぎれるくらい必死に練習すればよかった。
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それも何だかこんなものをFBに上げたりしてごまかしていた。
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可哀想に、ノーマルしか履いてなかった子は山荘に置き去りにされて、私と犬達は災害派遣されたクリニックのスタッフに救出された。
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中学校の時もそうだけど、今も変わんない、私。
あんまり物事を真剣に考えてないのだと、二つの出来事を繋ぎあわせるとそんな気がする。
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水戸に帰って、まだ「帰って」と言っていいのならだが、同窓会に来られなかった親友と、翌日市内のデパートの食堂でご飯を食べた。
小学校から高校まで同じ学校、大学時代も半分は彼女と一緒に居た。

ご主人の体調が悪くて看病するうち、自分の体調まで崩して静養中、同窓会に来られる状態ではなかったK子。

「眞奈は昔から可愛くて、頑張りやで(本当はそんなこと無いのだが)、一緒にいた時は私はとても楽しかったんだよ」
その頃を思い出しながら編んだという手編みのストールを渡されて泣いてしまった。

K子と一緒に学校へ通った坂の道を思い出した。
冬になると、アンコウが顎を鉤で引っかけられて吊るされている店が途中にあった。
その時の、つるんとした寒さを思い出した。

今日はK子が編んでくれたストールで出掛けた。
出掛けに写真を撮って、彼女にメールした。
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ありがとう、K子。

彼女がいてくれることで、ようやく自分が水戸にいた意味が分かったような気がした。







ふじみ野、いろんな決心をしなければいけない時で・・・ [フレグランス・ストーリー]

いろんな決心をしなければいけない時で・・・

トイレに日本地図を貼った。
小学生かってハナシである。
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京都に海があるの?

・・あたりから始まって、関西や四国の方が聞いたら激怒するような発言相次ぎ、あんなに世界の隅っこまで出掛けていくのに国内の地理になるとまるきりバカだなと言われ、この話題になったら口を開くなまで言われて、60歳の奮起。

トイレに覚えたいものを貼る。

なぜもっと長い時間を過ごすはずのベッドサイドやキッチンではだめなのか。
そう、それはとりもなおさず、トイレでは何もやることが無いから。
ただそこに神経を集中させられると錯覚する。

貼っただけで覚えたような気になる。
小学校の頃からの悪癖だけど、とにかく覚える努力をしてるんだという自分に満足する。
(だったら小学生の時に日本地理やればよかった)

余談になるが、息子達が小さい頃、トイレは母が毎週送ってくる子ども達への俳句やメッセージ、今週の家族の予定、四谷大塚版歴代の総理大臣名などで埋め尽くされていた。
そう、それはとりもなおさず、トイレは家族全員が必ず一日に一回以上は座るところだから。
ここまで確実性のある家族の交差点は他に無い。

貼っただけで伝えたような気になる。
息子達が思春期で無口になる季節までそれは続き、とにかくママはあんたたちを見捨ててないよと自己満足の意思表示でもあった。
(彼らは私をとっくに見捨てていたのかも知れないけれど)

その繰り返しの延長上にまだ私の人生はある。



兵庫県は両側に海があって、エラいなあと思う。
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・・・。





いろんな決心をしなければいけない時で。。。

2年前のインド旅行でお世話になったガイドのランジャン来日。
毎年香料視察ツァーを企画する日本唯一の香料関係出版会社会長に引き合わせる。
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来年の香料ツァー、ランジャンだったらきっと大成功となるはず。
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インド人もびっくりのリアルジャパニーズキュイジーヌ堪能。
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エアインディア事件で、二度と行くかボケ!的な気持ちになりかかったが、再び彼の地を踏む決心は出来ました!!




いろんな決心をしなければいけない時で・・・

今日を逃したら今年はツリー無しのクリスマスパーティに甘んじるというギリギリのタイミングで、何ヶ月かぶりでぽっかりスケジュールの空いた日曜、恒例ワイン飲んだくれながら一人ツリー飾りイヴェントに着手決心。
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今年はたまたまヴェトナムから帰国中の次男が、私が大音響で流しまくるクリスマスキャロルに眉をひそめながら傍のソファに横たわるが。

構うものか。

年に一度の大事なmy eventだもの。

てっぺんは今年もルブタンのレッドソール。
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今年始めのウィーン滞在で手に入れたホテル・ザッハーのザッハートルテ型オーナメントはお初のお披露目。
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来年のクリスマスにはこのツリー飾りをすることはないのだと、ワインの酔いがちょっとした感傷を押し付けてくる。

いろんな決心をしなければいけない時の、一番大きな決心。

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そんな大それた決心を許してくれた家族に感謝する。
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いろんな決心をしなければいけない時で・・・

夫の本が出ました。

最終稿をチェックしてと言われて読み、なんちゅうダサいタイトルかとすぐに訂正を命じたものの、すでに原稿は印刷に回っていたという痛恨のタイトルを紹介するには、相当の決心が要るけど。

「はじめてママになる人のための妊娠・出産読本」(西島重光/幻冬舎)

本人後書きの、
「ようやく息子に自分の仕事を引き継ぐこの時に、どうしても皆さんに言いたいことがあると気付いた」という一文にちょいと泣けた。

それを彼はずっとずっと溜めてきたんだ。



もしおヒマがあれば、一人の町医者の必死な取り組みを読んでやっていただきたい。





ふじみ野、還暦の打音 [フレグランス・ストーリー]

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60歳になった。


誕生日の前と後の自分は何も変わらないのに、世間的にこの1日の段差はなんと大きいことだろう。
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30歳、40歳、50歳になった時はその段差を自分の感覚で何事も無かったかのようにスルーしたが、今回のギャップは世間様が見逃してくれないというのが実感だ。

誕生日の3日後に孫にせがまれてキッザニア東京に行ったら、シニア割引のチケットを渡されて仰天する。
4日前に来ていたら、500円余計に出費があったんである。
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500円の節約とシニアと呼ばれる意気消沈は、キッザニアに居る間中、自分の中で葛藤を繰り返す。

孫は自分の父や祖父と同じ職業を体験したいと言い、腹腔鏡手術に挑み、その姿を写真を撮ってラインで息子と夫に送ると、片方は感涙にむせび、もう一方はインストラクターにクレームを付けてくる。
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3世代のそれぞれを見渡すことが出来て面白いのも、シニアと呼ばれる年まで生きてきたご褒美ではあるんだろう。



自分のちっちゃな会社のスタッフ総出でお祝いをしてくれ、真っ赤なシンバルとスティックを貰う。
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いつもの誕生日なんて家族にさえ祝われないのに、こそばゆいったらない。

全員私より若いスタッフには、自分の50代という10年は今までの人生で最高のthe decadeだったと一応訓示を垂れる。



若い子しか目に入らない日本男子から見れば、50代の女なんて爬虫類と一緒かも知れないが、そんな幼稚なオトコどもを足蹴にして、女性の50代は輝くべきだ。

50代初めに下の息子が大学院に進み、長男は既に医者になっていたから、母親としての役目はここで卒業させて頂いた。
それまで完璧専業主婦であった自分に、大きな時間の余裕がプレゼントされ、私は自分の会社を作って活動をし始めた。
同時に、ひとりで海外を歩く面白さに魅せられ、そこから自分がまだ学ばなければならないことを知ったし、多くのこれまでに無い業種や他国の友人も出来た。

踏み出した一歩がまた次のステップを生む。
そんな風にして人生が思いっきり拡張していく、またその楽しさにも魅せられた。

幸いなことに身体が丈夫なことと夫の理解に支えられて、周囲が半ば呆れるような貴重な経験も沢山した。

これまでの人生の中で、こんなに自分だけのために努力し、投資した10年間は無い。
毎夜机に向かう私に向かって、夫は、
「学生時代にこれだけ勉強したら、医者にでも弁護士にでもなれたぜ」
と何度も宣ったが、その度に、医者になんかなりたくない、私は自分が面白いと思う勉強がしたいんだ、と心の中で毒づいた(笑)

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私の50代は、私に迷惑をかけまいと自ら入所した高齢者施設で人生を終えた両親への、娘としての寄り添い方を逡巡した時間でもあった。

二人とも90歳越えの長寿であったが、両親を介護し看取った期間を通して彼らの人生と自分の人生の分離と融合を幾晩も幾晩も考えて悩んだが、娘という立場を喪失した今、理屈抜きに人生の指針を失った心細さに襲われることもある。

その心細さをこれから一人で生きる自信に変容させ、また50代で選び取ったものを芳醇な果実に熟成させていくのが、これからの10年だと心に刻んでいる。



子どもが巣立ち、親を送り、縦の糸が細くあるいは消失したこれからは、夫との横糸の強い人生が新たにスタートする時期でもあろう。

赤いシンバルとスティックが、どんな打音で60代を叩き出すか。

乞うご期待である。

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千鳥ヶ淵、春の心は [フレグランス・ストーリー]

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桜の海の中で目覚めて、花見をしながら朝食をとる。

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出店や宴会が禁止されている千鳥ヶ淵緑道は他の桜の名所に比べれば静かな方なのだろうが、それでも外の賑わいは階上まで上がってくる。
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周囲が国有地ばかりで普段は人通りのほとんど無い緑道に面したこのマンションは、駅やスーパーからもやや遠く、日常生活にはちょっと不便だ。
価値はこの一週間のためにだけにあると、それは多分住人の誰もが思っていることだろう。
非常にコスパの低い所有物ではある。
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ものすごい人出である。
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生後半年のMr.カント、桜見物客の見物に余念がない。
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夕刻になればシャンパンを1杯飲んで、友人との食事に出掛ける。
銀座までは普段ものの10分であるが、この花見ウィークだけは内堀通りに脱出するだけで30分かかる(涙)
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18時に照明が点灯すると、それはもう浮世にいるとは思えない景色が浮かび上がる。
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辺りの闇が濃くなればなるほど艶かしさが際立ち、食事の後に残った酔いを増幅させる。
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恒例の花見パーティにご参加の皆様、私のみ満開の桜を楽しんで申し訳ありません・・・・

当日は・・・

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これでしたものね。


桜が意のままにならぬことは古今言われてきたことで、私も毎年ここで在原業平の和歌を引用する。
お約束なので今年も一応。

世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし

毎年パーティをセッティングする立場としては、痛いほどこの気持ち、分かります。



まだ五分咲きにも到達しない桜を前にして、それでもこの狭い部屋にこれだけ人が入るのだと住人の私がびっくりするくらい沢山の友人が今年も集って楽しんでくださった。
住人冥利に尽きる。
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恒例となったギタリスト高橋マコトさんと、パーカッショニスト里ちゃんのセッション。
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2月の合同ライブで組んだバンドメンバーはギターを三味線に持ち替えて。
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大阪から参戦した大学時代の友人。
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チーム58。
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獅子座VS乙女座連合。
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22時のライトアップ消灯に合わせ、お開きの合い言葉はSee You Net Year.

5年前、震災のわずか3週間後に、しんとした白い桜をここで眺めたことを思うと、来年もまた素敵なお花見ができる平和な日本と元気な私でいられることを心から願う。

本日、雨の日曜。
最後の桜の下に傘の花が咲く。
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桜にもSee You Next Year.



またお会いしましょう。

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by宴会部長&監査役







水戸、父の人生 [フレグランス・ストーリー]

父が逝って、嵐が通り過ぎた後に静寂が訪れた。

89年という彼の火花を散らすような人生の長さと音量に比べ、幕引きはなんとあっけなく無音で無色なものだろうかと思う。
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あの人らしい嫌みも愚痴も今回は言わず、入院しましたという連絡の10分後に臨終の知らせという、早回しの映画でも見るような、それでもやっぱり父らしいなと思う結論の急ぎ方で、私はその朝の日射しに浅い春を感じるのがやっとだった。



4日後にバンドライブだった。
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事情は特にメンバーには知らせず、本当は練習しなければ仕上がっていない箇所もあったのだが、告別式の準備を進めながらでは無理で、地雷を踏んだ感じのDEEP PURPLEに仕上がった。
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ごめん、みんな、って感じだった。

これも半年間の藻掻いて酒に溺れたドタバタな大音量の準備期間に比べ、本番は6分半あったはずなのに瞬時にしか感じられずあっけなかった。
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一応、知っている人には追悼ライブとかうそぶいていたけれど、演奏してる時は父のことなんか忘れていた。



ライブの次の日に告別式をした。
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父が生前、自分の葬式にはこれを流してくれ、と言っていた曲を、私はブラームスの交響曲第3番だとずっと思い込んでいたのだが、心当たりを何曲か聞いているうちに、やっぱりK622クラリネット協奏曲の2楽章だという気がして来た。

ダウンロード主流のご時世でCDを持っていなかったが、セレモニーホールではCDを持って来てくださいと言われ、急いでAmazonで取り寄せた。
違う、ブラームスだぞ、と父に叱られそうでビビったが、もう何をどうやってもあの人に怒られることなんか無いんだとその時に気が付いた。

モーツァルトでいいことにした。



司宰をする牧師さんに、お父様の略歴を送ってください、と言われていたけれど、大正15年生まれしか知らなかった。
彼の人生について、何という町で生まれたのかも、何年に学校を出たのかも、いつ母と結婚したのかも、もしかしたら母と結婚する前に何回か結婚していたかも知れない(まさかとは思うが)ことも、いつ就職したのかも、在職中の詳しい役職名も、何も知らないことに気が付いた。

父が私の人生に口出しして隅から隅まで100%意のままに形成しようとしたのに対し、私は彼の人生に対し0%であった。

その干渉がイヤでイヤで、ずっと彼と相容れることがなかった私にとって、皮肉にも、母の死後に彼が地上と人生との上に自分の足で立つことを止めてしまった2年間が、父との一番密度が濃い時間だった。




人生がベッドの上だけで繰り返されるようになってもまだ父は饒舌で、紺色のセーターを着た私を見て「今日のお前はいいな」と言い、口癖のように「普通のつまんない主婦にはなるな」と言った。

それはない、と、腹立たしかった。

雇均法が無かった時代、車の免許はおろか旅行すらもさせず、あらゆる花嫁修業(今は死語か)をさせ、次から次へこれぞという相手に引き合わせて、普通の主婦になるように彼は私の人生をプロデュースしたのではなかったか。

私がたった一度父に翻した反旗は、用意された良さげな殿方達の写真の山を放り出して、無一文の学生だった夫とさっさと結婚してしまったことだった。
彼は激怒し、半年以上も口を利いてくれなかった。


茜色に染まったケアレジデンスの部屋で、ぽつりぽつりとこぼれ落ちる言葉を拾いながら過ごした父と二人だけの時間は何だかこのまま永遠に続くように思われたが、次第に言葉と言葉の間隔が長くなり、「こんなに長生きしてすまない」と、諦めたように私を見上げて父は謝った。

真っ正面から夕陽を浴びる常磐高速の上り車線を、泣きながら運転して帰るのが常であった。



告別式の最中から身体中の関節と筋肉が激しく痛んでいたが、その夜から39度の熱が出てあっけなくインフルエンザに絡めとられ、3日間夢の中を彷徨った。
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勝手にモーツァルトで送ったから、父が怒って連れに来たのかと思ったが、生還した。

ここからは自分の足で歩いて行け、と父がようやく解放してくれた、と理解した。



今は両親二人を無事に見送ることが出来て安堵している。

還暦を前に私はようやく柵を離れて、あんなに待ちこがれた自由な人生を歩いて行くことになった。

見ていて。

普通のつまんない主婦にはならないから。
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そう、父がいなくなってもやっぱり、私は彼の言葉の上を歩いているんだなあと思う。

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十国峠、出会いと別れ [フレグランス・ストーリー]

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雛人形を、毎年の定位置に飾る。

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春は名のみの風の寒さや、だけど、立春を境に、暦だけは確実に暖かい方へ歩み始める。
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華やかな呉服の展示会などへ出掛けると、少し心が浮き立つ。
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心が何分割にもされて、千切れている真っ最中。
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一週間後にせまった合同ライブのために、この曲を選んだのは半年前の夏。
本当に軽いノリだったのだけれど、習い始めて3年目のビギナーには相手が大き過ぎ、練習しても練習しても基本のリズムすら揃わずキープできず、一時はもう曲を聴くことにすら嫌悪感を感じた。
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努力すれば世の中の大抵のものが手に入るという自己能力を度外視した謂れの無い信念は、還暦とSmoke on the Waterを前にして瓦礫と化して、先生に書いてもらった楽譜に積み込まれた珠玉のフレーズの数々を、歯ぎしりしながら削ぎ落し、妥協で丸め、時間の経過で馴して、ここまで来た。

ソロだったらとっくに諦めていたと思うけれど、そこはバンドという形態の牽引力と責任感がかろうじて土留めになってくれたし、練習後バンド仲間と新宿の片隅で飲むお酒は、曲が形をなしてくるほどに旨味を増す気がした。
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嫌いになりかけた曲だけど、今は挑戦してよかったと思える。
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この年になってバンドを組み、孫の話しをしながらロックを語らう。
それもいいね、と笑い合う。
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GO, AHEAD!である。



そんな愛おしい出会いがある反面、春は別れの季節でもある。

十国峠の富士山は、そんな二分割された心を、微笑みながら抱擁してくれる。
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日本の春はこの行き来があるから、複雑で甘酸っぱい感傷に満ちている。


六本木、Have yourself a Merry Little Christmas [フレグランス・ストーリー]

クリスマスシーズンになると、何故か都内へ繰り出したくなる(笑)

それも池袋や新宿じゃなくて、六本木へ。
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大学へ入って初めて東京に住んだのは広尾の学寮だったから、六本木や西麻布はとっても身近な遊び場だった。

六本木にはまだヒルズもミッドタウンも無くて、今のような無秩序で猥雑な雰囲気ではなく、最先端のソフィスティケイテッドなバーが点在する大人の街だった。
交差点から飯倉の方に見ることが出来る真っ赤で大きな東京タワーは、地方から出てきたばかりの大学生の私には、今まで見た中で一番美しいクリスマスツリーそのもののように思えたものだ。

カソリックの大学ではもちろんクリスマスは年最大のイヴェント。
12月になると校内もクリスマスのデコレーションで飾られ、寮友たちとクリスマスキャロルの中では何が一番好きかとかを言い合うのは、当時はまだ皇太子妃だった美智子妃が毎年必ず臨席される、マリアンホールのグリークラブのクリスマスコンサートが学生たちの最大の関心事だったからか。

ボーイフレンド達と食事に行く機会も増え、修道会の学寮の21時という手厳しい門限を死守せんと毎夜努力に努力を重ねて彼と門の前で別れた後も、消灯後、唯一点灯が許されているスタディルームから12時で消える真っ赤な東京タワーのライトアップを飽かずに眺めて、デートの余韻に浸るのが寮生の日課だったような気がする。
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そんな大学時代の思い出を引っ張るのだろう。
街にクリスマスソングが流れる季節になると、自分の中で「今年のNo.1」を決めたがるクセが私にはあることは前述したと思う。

今年はちょっと心に乱気流発生中で、クラシックに寄りかかりたくなる。
クリスマスナンバーではないが、ミサ曲の「Panis Angelicus(天使の糧)」の美しい旋律を懐かしく大切に聴いて過ごした日が何日か。


しかしやっぱりスタンダードな曲が楽しい。
毎年セルフランクインするこの曲、今年はメキシコの美しい3兄弟、Vazquez Soundsバージョンで。


おなじみのシナトラ版は、クリスマスの風景が心の中にキラキラと流れ出すようで、昔から一番好きなキャロルだ。
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気心の知れた仲間たちとの、ちょっと豪華な食事に六本木へ出掛ける。
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バブル期をまっしぐらに走り抜けた大学生の自分を捜すかのように。


しかし地下鉄と私鉄を乗り継いで家に帰れば、夫も寝静まったシンデレラ帰宅。
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そして翌朝は飲み過ぎという、大学当時は無かった厳しい現実が待っているのだけれど・・・
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ふじみ野、後の祭り [フレグランス・ストーリー]

べべが亡くなって、一番混乱しているのは飼い主よりも我が家のメグ・ライアンである。
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彼女がこの家にやって来た時は既にベベとクロがいたので、今まで一匹で居たことが無い。

ワンコたちの居室は一階のファミリールームと決まっていて、今まで誰もそれに異を唱えたものはいなかったのに、最近は我々が食事や来客で二階に上がろうものなら、メグは悲鳴のような鳴き声を発して自分も上げろと大騒ぎである。

自分に甘いことを知っている夫に対しては、この付き纏い様である。
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メグ、お酒でも飲めればいいのにね。

飲める飼い主の方は、夫が不在の夜に買い物に出たデパートですでに引っかかる。
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キャビアの賞味期限が切れそうだと言っては飲む。
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自宅のクリスマスツリーを飾る夜は、クリスチャンだった両親と過ごした幼い日の回顧が1000球の豆電球と心に絡まって、もう祭りである。
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最近は大人っぽいっていうか、青白いLED電球の覚めたツリーも多いけれど、クリスマスツリーってやっぱり子ども心の夢を飾りたい。
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オーナメントは出来るだけ布や木やストローの自然素材と色を生かしたものを選んで。
てっぺんは大好きなルブタンのレッドソール。
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完成!

と思った途端に、脚がふらつき、苦い胃液がどっと口の中にせり上がってくる。

後の祭りっていうけれど、祭りの後は久しぶりの惨状。
自分が惨めで仕方が無い。

人生60年も生きているのにまだこんな失敗をするなんて。

それもそのはず。

ほぼボトル1本空いてた・・・
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酒量が増える季節。

友人が送ってくれたマヌカハニーはタイムやルートジンジャー入り。
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無脂肪ヨーグルトに混ぜて、無謀な自分と胃をトリートメントして、怒濤の師走へ突進である。
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Take care!
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乃木坂、竹のカセドラル [フレグランス・ストーリー]

乃木坂。

ドラムの練習の帰り、TOTOギャラリー間へ、竹のカセドラルを観に行く。
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次男がホーチミン市へ渡ったのは震災の年だった。

1週間後に大学院の卒業式を控えて国内の有望な建築家のオフィスに就職も決まっており、在学中から香港のプロジェクトも任されて前途は洋々に思えたが、震災がすべてを変えてしまった。

あの震災と津波による住宅の崩壊で、日本の様々な建築家たちがこれまでの価値観と積み上げてきた経験とを喪失したと言われるが、次男のようにそれまで大学と大学院で学んできた建築の知識と将来の展望を一度に手放さなければならなかった者も少なくないはずである。

1週間後の卒業式は執り行われず、総長のメッセージだけが新聞に掲載された。
「この震災を経験した者として、世の中に役に立つとはどういうことか、それを真摯に考え、実現していくことが、今日この大学と大学院を卒業する者の最大の努めです」というような内容だったと思うが、学業を修め終わったその時にこの体験をすることが、きっと彼の道を照らす指標となる日が来るのだろうと絶望の中で思い直し、読んでいて涙が溢れたのを昨日のことのように思い出す。

国内の就職先を失った次男は、同じ大学に留学されていたギアさんがホーチミン市に立ち上げたヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ(Vo Trong NGHIA Architects)http://votrongnghia.comに誘われ、震災の半年後、本当に自分の手で持てるだけの身の回り品を持ってベトナムに旅立った。

夫と私はアドバイスも援助も出来ず、11月の身が引き締まるような寒い朝、成田行きのバスに乗る彼を見送るだけであった。
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次男は医者ばかりの家系を飛び出し、なぜ建築を選んだか、と度々人に聞かれることがあると言う。

私が聞いた限りでは、そのきっかけは、彼がまだ中学生か高校生かの時に、私が連れて行った建築の専門ギャラリー、「間」での安藤忠雄氏の個展であったらしい。

私、建築に関しては何の知識も無いが、写真集で見た従来の建築には決して見られなかった荒々しいコンクリート打ち放しの、当時まだメジャーになりかけの安藤氏の建築は衝撃的で、、ギャラリー間での個展は是非行ってみたいものだったと記憶している。

それにどうして彼を伴ったか覚えていないが、心の隅で「もしかして」という企みがあったかも知れないとは思う。


まあ、その企みはまんまと功を奏したということにはなるのだろうが、彼は建築を志し、そして思いがけなく流れ着いた海外のオフィスがあのギャラ間(ギャラリー間を彼らはこう呼ぶ)に出展する。
http://www.toto.co.jp/gallerma/ex151017/index.htm

オフィスとしての出展ではあるが、スタート地点たる場所とあの時何もできなかった母親の心へ、彼は凱旋してくれた。



次男はオープニングの1週間前、現地のバンブーワーカーと呼ばれる職人たちを連れて帰国。

朝から晩まで、ギアさんのシグネチャー、竹の建築をギャラ間に組み上げる仕事に没頭していた。
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朝早くに家を出、終電で帰る毎日。

夫のためには朝7時前には起きない(パパ、ごめん)私が5時半に起きて朝食作り、夜はスマホで終電の到着時刻とにらめっこ。
最悪なのは、終電逃がして「まん喫に寝るわ」メール。

まん喫って?
今まで起きて待ってた私はなに?

息子、めんどうくさーい!


そんな日々が終わり、ギャラ間はオープニング。
次男はシンポジウム出席で不在だが、私は一人、彼の4年の成果を彼のスタート地点で見る。

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腐らないように液に長期間浸された竹はベトナムから搬入、金属製の釘ではなく、竹を鉛筆形に削ったくさびのようなものと布製のひもで、結合部ががっしりと組まれている。

竹が交差して組まれた空間は教会ではないのだろうが、私には祈るカセドラルのように思える。



次男はオープニングに漕ぎ着けてすぐにベトナム戻り。

朝彼をギャラ間に送り、ようやく早朝ご飯と終電待ちぼうけから解放されて軽井沢へ。

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碓氷峠の日没。

山荘は紅葉の懐に抱かれている。
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そろそろ、ホーチミン便の離陸時間だ。




東京・軽井沢、守ってあげたい [フレグランス・ストーリー]

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アメイジング!
日本の秋!!


本日は、食に執着が無い損な性分ゆえのノン・グルメ系ブログ、開闢以来の美食との邂逅篇。
(巷のめくるめくグルメブログのオーサー様方から見れば、取るに足らないスケールではあろうけれども・・・)



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仲秋の名月。

コートヤードの水庭の明るさに思わずシャッターを切り、こっくりと味噌漬けにして熟成させた北海道半田ファームのチーズとブルゴーニュへ身と心をシフトする。
(結局、そこかい!)
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めっちゃ、ウマいよぉ!
ボトル半分で止められるのかなあ?

翌日のスーパームーンは、屋上のスカイライトの明かりで、また一人宴。
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スーパーっていうほど、大きくなかったぞ?
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翌日、青山に所用あり。
昨日までの秋晴れとは打って変わった低気圧の曇り空の下で、まあ、今さらながらなんだけど、表参道のHerzog & de Meuronの作品群を眺めつつそぞろ歩く。

有名なプラダ・ブティック。
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まるで折り紙のような優しい潔さ、ミュウミュウのブティック。
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お洋服は残念ながらぐっと来ないんだけど、最近の表参道界隈は、デザイン建築の大きなブティックのようで、とっても楽しい。

軽めのランチは界隈のBlue Bottle Cafe青山にて。
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一杯ずつ手仕事でドリップされる香り高いコーヒーと、オープンキッチンで調理される出来立てのライトミール、ゆったりとした空間が、怒濤のように増えたSB(決して嫌いじゃないけど)を寄せ付けない感じ。
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ナツメグ入りのフルーツグラノーラ、美味し過ぎてお持ち帰りです。


夫との年間行事の一環として厳然と二人のスケジュールに鎮座まします、今半の国産松茸入りすき焼き。
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https://www.imahan.com/guide/shop/ningyocho_shop.html

9月の初旬から中旬あたりまでがリミットという短期間勝負のご馳走ゆえ、夫とは前日からの大喧嘩で一触即発状態であったが日にちの変更も叶わず(どうせ面倒な変更のセッティングをするのは私だし・・)。
コレをはずしたら37年の夫婦のキズナすら危ういくらいのギルティな強迫観念を持ってのお食事と相成る。

松茸にもすき焼きにも相性ぴったりと店が豪語する、イタリアはトスカーナの赤ワインを合わせてみたが、もうサシのたっぷり入ったお肉と濃いだしの味に完敗。
ボトル1本飲みきれず、年と共にこってり系が縁遠くなる寂しさ、秋風はそんなものも運んでくる。


ドラムのレッスンの帰り、新宿◯勢丹に来客用のお肉を買いにいったら、松阪牛売り場のド真ん前に、シャンパン・キャビアバー。
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Smoke on the Waterの揃わない16ビート。
折れた心に、最上級の肉を見ながらシャンパンとキャビアを食すという非日常なシチュエーションを流し込む。

◯勢丹、孤独なマダムの心の隙に入り込む手口を知ってらっしゃる。



同じ8月生まれながら、獅子座と乙女座に別れる二人でミシュラン・スシのお誕生会やろうと企画するも、人気店過ぎて予約取れず。
待って待って、9月末日にようやく乾杯。
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http://www.eatpia.com/restaurant/taku-nishiazabu-sushi

赤酢を使った薄紅さすすし飯に極上ネタ。
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私、血液型も星座も全く興味ありませんが、獅子座の男前です。


この週末、山荘の暖房が壊れて、あと2ヶ月は使うのに凍死者が出ては困ると、ゴルフだ、仕事だと世迷い言言ってる夫を残留させて、修理のため、愛車に2匹の老犬を乗せ、軽井沢へ。
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暖房修理って目的はショボいけど、今年最高のドライブ日和じゃないですかー!

渋滞も皆無、上信越の秋の景色をぐんぐん追い抜いて標高を上がる快感は、心のあちこちに湿地を作るストレスを吹き飛ばしてくれる。

この前のシルバーウィークが前代未聞の大混雑だった軽井沢はすっかり平静を取り戻し、夏の狂気を癒す穏やかな表情である。

銀座の鮨、かねさかは夏期限定の軽井沢店を来週の連休までで閉じる。
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また銀座に行けばいいや、とは思うけれど、軽井沢で銀座のお鮨が食べられるスペシャル感がいいのよね。
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http://www.sushi-kanesaka.com

一人で白、赤とワイングラスを重ね、最後の〆はわさび入りのかんぴょう巻き。
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(大好物なので、写真撮る前に一個パクついてしまった・・・)

思い残すことはもう何も無い。


・・・いや、あったわ。
もう少し飲みたいんだわ、Kevin?

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http://kevinsbar.jp

アメリカ人のKevinの気さくなおしゃべりに(日本語OK!)軽井沢常連が集う、立ち飲みバー、Kevin's Bar
でスコッチのロックを2杯。
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ここへ来れば、隣の知らない人とでも酔った楽しいテンションでおしゃべりして、その勢いのまま別荘までの赤ずきんちゃんの暗い森の中を一人で歩いていける。

普段カラオケも絶対いかないのに、大声で歌を歌いながら。

♪So you don't have to worry, worry, まもぉ〜ってあげたい〜〜

大丈夫か、このオバサン。

暗がりに潜んでいるかも知れない森の熊さんから守られなきゃいけないのは、ええ、酔っぱらいのワタシです・・・

'Cause I love you…..




軽井沢、さよなら夏の日 [フレグランス・ストーリー]

「おばあちゃん、起きて!朝だよ!!」

3人がベッドに飛び乗ってくる。

まだ朝5時半である。
ワタクシ、怪獣どもが遊び疲れて夢の中へ旅立ったのを見届けてから飲み始め、寝たのはつい先ほどである。

普段は一緒にいない子どもたちと生活を共にする時に一番厄介なのが、この早朝攻撃である。

オマエら〜〜、おばあちゃんの朝は7時からだよ!!

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孫達を連れて、シルバーウィークの空前絶後の混雑かいくぐって、軽井沢山荘へ。
長距離運転手はもちろんワタクシ、犬2匹、怪獣3匹、老齢のトド1匹混載で関越、上信越道をひた走る。

彼らの父親は混乱のナイジェリア派遣で、この連休は不在である。
シルバーウィークって敬老の日という重要な祭日も含まれているような気がするんだが、敬われる側がひとはだ脱いで軽井沢幼稚園開園である。

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楽器はそんな時、何より雄弁な玩具である。
山荘に子ども向けツールは何も無いが、安っすいキーボードとドラムのトレーニングパッドで子どもたちはしつこいほど遊んでくれる。

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普段、人間も犬も老境に達したまったり空間で過ごしている我が家の愛犬達も、ベビーシッターにかり出される。
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じいちゃんは、孫娘の公文の宿題ヘルプである。
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友人がイタリアから買って来て送ってくれた犬VS猫のチェス。
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子どもたちはガッツリ食いついている。
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夜の気温は10℃。

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そろそろ暖房が恋しい。


この子達が大きくなった時、こんな日々を思い出す日があるのだろうか。
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山荘の木々に色を挿しながら、今年の夏が去っていく。


さよなら、夏の日。
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ふじみ野、還暦感激 [フレグランス・ストーリー]

だって、お祝いはしないと言ったじゃないの。

自分の父親が他界した65歳を越えることが目標だから(ずいぶんハードル下げてるね)、祝いやるなら65歳でと言ってたから、長男も次男も日本にいないじゃないの。

いつもの誕生日と同じように、その日はトップスのチョコレートケーキと、まあ、シャンパーニュくらいは開けるかも知れないけれど、フツーの家ご飯である。

同世代の友人知人間のヒーロー、トップスのチョコレートケーキはケーキの王道だ。
コレが出たら文句言うヤツはいないってくらいだ。

しゃら臭せー飾りも横文字も無し。
ザブトンのようなチョコの層とクルミの食感で直球勝負のメイドインジャパン。

昭和のチョコレートケーキ、お見事ですー

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ま、こうやって毎年記念写真も撮っているのでと、その日は一番近い池袋のデパートまで行って、ずっと続いた黄色の10の位の色がようやく変わったキャンドルもお約束通りゲット。

このところの不安定な天候で疲れてたのか、帰りの電車ではつい爆睡してしまい、降りる駅で立ち上がった瞬間、ケーキの箱は天地を逆にして床へ落下というエマージェンシーな状態に。

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・・・パパ、60歳の誕生日、おめでとう・・・・・

毎年、このキャンドルの画は結構いいのになるのに、よりにもよって今年は無惨。

でも、くじけないで!

珍しい「赤」のスパークリング箱買いしたから。
(もちろん自分のため)
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クリニックのスタッフは今年始めから悩みに悩んで、「赤」のPCを贈ってくれる。
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いつもの朝礼で院長にはナイショのサプライズ。
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ありがとう、みんな。


クリニックのFBには患者様からお祝いコメント続々。
うちで生まれたベビーちゃんたちがすくすくと育つ様子を知らせてくださるものが多く、脈々と続く世代のバトンを渡すお手伝いをしている実感がひしひしと湧く。

昼も夜も無く生死に関わる責任はひと時も夫を解放せず、傍にいて辛いなーと思うことも多いけど、こういうのを見ると夫の仕事はいいなあと思う。
還暦と言えば世は定年を思うが、彼の定年はまだ見えない。

ゴッドマザー主催のバースディお食事会。
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毎年、このあたりは暑さが急速に和らいで、ホテルのデッキテラスのバーが心地良い。
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あいにくちょっと曇っていたけど。

飲み過ぎたわ。

やらないつもりだったけど、世間的にはやっぱり、十干十二支が一巡りする還暦って一大イヴェント。
応援し、共感する人がいてくれるなら、まだまだ頑張ろうではないか、夫よ。






自宅、息子たち [フレグランス・ストーリー]

凶器のような酷暑に耐えているうち、父が入院し、長男が「出兵」した。

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腸閉塞と診断された父はイレウスチューブを引き抜こうとし、ミトンをはめられ、でも隠れてチョコレートを食べ、早く施設へ戻せと騒いでいる。
この人は、どうしてカワイイ老人になれないんだろう。
ここに至っても摩耗しない彼の神経は、いつも尖って自分を絶望の淵へ追いやっている。

その父が一番気にかけている次男は、震災の年に日本を離れてベトナムで建築をやっている。
医者の家系から飛び出し、理系のアートにのめりこんでいった彼は、ちょっと異色で面白い。

父の病室のプリペイド式のTVに、「8月8日21:00~、TBS”世界ふしぎ発見”」と大きなメモを貼ってくる。
次男のベトナムのオフィスが取材されて放映されるらしい。

父は気にかけつつも何年も会えないでいる自慢の孫に、公共の電波を通して、その日、会うのだ。

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次男がそうやって自由に人生を選べたのは、いつも「あいつはすごいから」と弟を称賛してやまない長男が、堅実に夫の仕事を継ぎ、我々夫婦の傍に生活し、折々孫たちを連れて来ては、平凡に幸せなジジババの味も味合わせてくれるからだ。

次男もそれはわかっていると思うし、まあ、二人とも私が育てたんだからそんなにお行儀がいいはずはないのだけれど、長男は当たり前に家庭のストラクチャーの中に存在しているはずだった。



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白ワインラヴァーだった私が、歯のステインを気にしつつも、糖質過剰摂取をようやく気にし出して晩酌を赤ワインに変えた日、長男はナイジェリアに向け飛び立っていった。

人の役に立ちたいという潜在的な人間の欲求が無かったら、複雑なこの社会は成り立たないと私は思うし、いろんな職業が世の中にあれども、人の役に立たない仕事なんてありはしない。

しかし、このことを考えた時に、医者が医療の行き届かない地域に赴き、命を救う最前線で働くことほど、単純で分かりやすい例も他に無い。


夫と共に産婦人科医として乳児死亡率0.1%と世界一低い日本で働くうち、長男はいつか乳児死亡率5%のアフリカを思ったんだろう。

1年で英語のスキルを磨き直し、国境なき医師団に加入した彼に、すぐに任地が決まった。
世界中を飛び回る弟の後方支援に徹していた長男は、初めて自分の持っている翼に気付き、羽ばたいていく。

彼の人生の設計という意味では、妻子がもうすでにいる今、このアクションを起こすには遅きに失したと思う。
3人の子どもを預かるお嫁さんにかかる心労と経済の負担を思えば、諸手を挙げて賛成と言うわけにはいかない。

しかし、一度きりの人生でどうしてもやらなければならないとことがあると息子が感じた瞬間を、親が大切に思ってやらなくてどうする、とも思う。

行くからには自分の腕で一人でも多くの小さな命を救って来い、と、彼の背中にはそう声をかけたい。

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アタシも後方支援。


息子達が自分の信念に従って飛び立っていく時はいつも、子犬のように私の後をついてきたちっちゃな彼らを思い出の中に抱きしめる。








軽井沢、エースをねらえ [フレグランス・ストーリー]

ここで倒れられぬと思えば、多少の不具合は発現せぬものである。

そんな根拠の無い、自分の健康に対する過信がいつか芽生えてしまっていたんだろうか。

ここ何年も風邪も引かず、熱など出さず、日本人観光客の9割がお腹を壊すというエジプトもインドもクリアーし、雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ・・・・そんな感じだったから。

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恒例のチーム58(丸の内OL裏口入社同期組)の面々を軽井沢に迎え撃つ前日、山荘入りした時にすでに喉がヒリヒリしていたが、ここは気合いで乗り切れると思ったのである。

実際、翌日、燦々と林間に降り注ぐ朝陽の中に喉の痛みは紛らして、7時ジャストに山荘を出てパンやフルーツを買いに出掛けたのである。
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もうちょっと用心して、アロマセラピストらしくユーカリオイルとマスクを持参するとか、抗生剤を飲むとか、何とか重症化しない工夫をすべきだったのに、である。
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しかし、一旦仲間と合流してしまえば、やはり気合いってちゃんと存在するものである。

お酒も飲めるし、
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テニスすら出来るのである。
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いやー、テニス、何年ぶりだろ。

老後はテニスコートで!と信じて疑わなかったお蝶夫人は、10年ほど前、アキレス腱をぶっつり切って、あえなく現役引退、コート場外生活に甘んじることに。



そのリタイアお蝶夫人、久々のコートデビューである。
しかし・・・


人間の退化って早いね。

打てない、走れない、返せない。

これは体調のせいではないでしょう。



このチーム58、去年の軽井沢合宿ではコスプレに挑戦。
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お題は「若草物語」(一人多いな)


・・・で、今年の合宿のお題が「エースをねらえ」。

2人、現役プレーヤーがいて、幾度となく華麗なショットを見せてくれ、やっぱり継続は力なりだなあと感動する。

ああ、できれば続けていたかった、テニス。
何だかまたやりたくなりそう。

と、余韻に浸る暇もなく、メンバーご帰還の直後、待ってましたとばかり熱発。

あまりにもあっけない。


さあ、チーム58。
また来年も体調整えて軽井沢合宿と参りましょう。

次は還暦記念、お題はいかに?






軽井沢、朝練 [フレグランス・ストーリー]

地獄のような渋滞を避けて連休直前の金曜夜遅く、仕事を終えたくたくたの身体で、別荘開きも済んでいない軽井沢に、一人ワンズと到着する。

夫よ、息子よ。

冬眠していた別荘を開け、1年で軽井沢が一番混むこの時期の滞在の段取り(期間中の食事の手配含め)を組むことを甘く見ないで欲しい。
誰が手伝ってくれるわけでもない、私が一人でやるんだから。

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とりあえず家具の覆いを取って自分のベッドだけを作り、泥のようにその晩は眠る。
体調は相変わらずイマイチ。
1週間後のインド行き、限りなく不安だ。


朝は鳥の声で目が覚める。
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・・・ていうと月並みでヤラセな感じだが、ここではそれが真実だ。

普段は7時にベッドを抜け出すのがやっとの私だが、ここでは頭の中にこの曲が突如鳴り響き、布団にまだもぐっているミナサン(トイプー2匹)を追い出して飛び起きる。


初夏の軽井沢で一番素晴らしいのは、夜明けから観光客が蠢き出すまでの数時間である。

先ずは顔をザブリと洗って日焼け止めだけ塗って(これ重要。紫外線は東京の比じゃない)車で3分の追分近くのMOTOTECA COFFEEへ淹れたてラテを買いに行く。
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すでに別荘族の車好きオジさま達の朝食タイム。
にぎやかだ。

東京のスタバでは一応まずいノンファットラテを飲んでいるが、軽井沢の風味豊かなミルクを贅沢に使ったここのラテは、あー、軽井沢いいじゃないか、と思わせてくれる。

次に旧軽銀座のブーランジェリー浅野屋へ、これもお決まりのシナモンベーグルを買いに行く。
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モトテカも浅野屋も朝7時からの営業だ。
9時を過ぎれば、別荘周辺の道路は渋滞で身動きが取れなくなるから、その前の時間はロコ(にわかでも)だけのパラダイスである。

浅野屋のシナモンレーズンベーグルは、究極のモチモチベーグル、買ったその場で食べるのがサイコーに美味しい。
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これで朝ご飯終わり。

別荘に帰ったら、毎日の日課のドラムを練習する。

もちろん別荘にはドラムもトレーニングパッドも無いので、雑誌を重ねてくずれないようにガムテープで留めた束(笑)が、ドラムの代わりだ。
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緑の風が、テンポもテンションも上げてくれる。
めっちゃ気持ちいい。

学生の頃の辛過ぎた合宿朝練とは比べ物にならない、自分の眠っている力をひたすら引き出していく作業に没頭できる愛しい時間。

練習を終えるとさあ、ここから掃除、夏の間の巣作り、そして客人を迎えるための大量の買い物である。

今年の軽井沢、スタートである。




千鳥ヶ淵、パーティ・パーティ [フレグランス・ストーリー]

あえて今年もこう言わせていただきましょう。

怒濤の一週間、やり抜きましたあっっ

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(オイ、なにテンション上げてんだよ。こっちはパトロールで大変なのよ)

自分のモノではないけど、あえて手前ミソで言わせていただきましょう。

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千鳥ヶ淵の桜、東京一!

これだけの水量を誇るお濠に、枝垂れ落ちる見事な古木の桜がこれだけ揃うのは、他に無いんじゃないか。
桜は水に映ってこそ美しいモノである。

さあ、宴じゃ、宴じゃ。

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いん・ふろんと・おぶ・ちどりがふち。

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一週間で3つのパーティ・オーナーである。

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ベランダから眺める桜の海の上に月が昇るころ、パーティはスタートである。

ドラムを始めてだんだん音楽仲間が増える傾向にあるのは、楽しい。

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去年暮れにバンドを組んだギタリストは沖縄の三線を披露。

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元クリニックの患者様のデュオ、88(エイティーエイト)。

そしてそして、毎年盛り上げてくださってありがとうございます、マコトさん!
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昭和史を彩るパーカッショニスト里ちゃんとのセッションは、まるでひらめく二本のリボンが撚り合わさるような一体化したアートである。
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10年ほど前、ポートベローマーケットから引きずり持ち帰ったカステル・バジャックのテディベアコートご試着のマリコ先生。
世界に2着!もう1着はマドンナが持ってる(・・・とビンテージショップのオヤジが言ってた)このコートを、マドンナ以上の貫禄で着こなすなんてただのドクターじゃない。

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皆様、私が一番楽しみました。

ありがとうっっ!!

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ボクもおまけで楽しませてもらいました。ありがとうっっ!(by ダンナという名のスポンサー)

宴の後の千鳥ヶ淵は、静かな余韻を花筏(はないかだ)に乗せて。
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たった一週間の淡いきらめきを胸に焼き付けて、またいつもの静けさに戻っていく千鳥ヶ淵を眺める。
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八丁堀、寒中お見舞い [フレグランス・ストーリー]

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やっぱり降ってきた。

前日から天気予報もニュースも「明日は大雪」と大騒ぎである。

去年2度の大雪で痛い目に遭っている関東人は慌てふためき、ホームセンターに駆け込み、雪対策グッズはほぼ売り切れだそうである。
誤解を恐れずに言えば、一種の祭りである。

20年ほど前、山形の鶴岡という古い町に住んだ時は、毎日毎日しんしんと降り積もる雪をぐっと見据えて耐える雪国人の根性を目の当たりにして、その度量に感動した。
郷に入って郷に従った中学生だった長男は、近所の友人たちと4キロほど離れた学校へ、吹雪の中を、学生服にコートも羽織らず、傘だけさしてずんずん歩いて通ったものだ。

そういうのが、当然の日常だった。

雪国の人から見れば、関東のこの騒ぎはバカバカしくて見てられないというのが本音だろうと思う。

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去年長靴を持っていなくて、駅前の湖のような雪だまりに泣く泣く足を突っ込んで撃沈したので、春の大嵐の時にようやく人生2足目(1足目は小学校の黄色ブーツ)の長靴をゲットし、今度は余裕である。

さ、矢でも鉄砲でももってこい。

帰りに寄るドラムの練習用にスニーカーをリュックに入れ、ナビタイムで電車の遅延状況を確認しつつ、木曜のレッスンに出掛ける。

今年になって一日クレージーな買い物デーがあって、JBRANDのクラッシュデニムやlucien pellat-finetのカシミアグローブやらを買い漁った時に、プラダのリュックを手に入れた。
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都内に出掛けた帰りには必ず朝霞台に降りてレンタルスタジオでドラムの練習をするようになると、楽譜やらスティックやら、時にはこの日のように練習用のスニーカーやら着替えやら(2時間練習をすると汗びっしょりでございますので)荷物が異常に増えるので、どうしてもリュックが必要だったんである。

そんな重装備で出掛けた(祭りの)日、夕方スタジオから出たら一面白銀の世界かと思いきや、思いっきりハシゴを外された感じのいつもどおりの駅前風景。

あのさ、気象庁。

なんか言ってみろ。

夜の報道ステーションでFキャスターだけが「(大騒ぎして)申し訳ない」趣旨の発言をしていたが、まあ、注意喚起しないで大雪で事故なんかあった日にゃ責任問題だろうから、少し多めに盛って予報するんだろうけど、その後一言、「心配させてゴメンね」くらいはあっていいんじゃないでしょうか。



チーム58(若い頃勤めていた会社の同期入社の友人たち)、八丁堀で水炊きを堪能。
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古い日本家屋、こっくりとしたコラーゲンそのもののような博多水炊き、景虎の熱燗。
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日本の冬、ここにあり。



こっくりしたチョコレートケーキ。
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飲める早摘みオリーブオイル。
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染み渡るエネルギーと脂肪分は、極寒に立ち向かう気力と抵抗力を身体にみなぎらせてくれる。

Warm regards!



自宅、立春 [フレグランス・ストーリー]

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かなりエクストリームな寒さである。

ミナサンはブランケットとほぼ同化して、温風のあたるソファに上がったきり、呼ぼうが叱ろうが下りようとしない。
出掛けるよー、と言っても、定位置のまま目だけで「ハイ、いってらっしゃーい。寒いのにご苦労さんっす」をきめこむ。

こんな犬に誰がした。
(わたしです・・・)

去年のこの時期、関東に大雪。
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そんな中、雪による電車の遅延状況をにらみつつ、バンドライブの練習に必死で都内へ出掛けていったのも、今はいい思い出だ。

そして今年もそれが始まった。
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前述したと思うが、CreamのWhite Roomなど引っさげてエントリーしたので、かなりロック好きなオバサンだと思われるようだが、ついこの間までクリームが何だか分からなかったロック未熟児だ。

今年のバンドは、ドラムの私とベースとギターにそれぞれ同年代だが初出場のオジさまたち、それにベテラン女性ボーカリストという構成。
これから2ヶ月弱でどう仕上げるか。
凍てつく東京の隅っこで持てるテクニックを出し合い、熱燗を練習後の五臓六腑に染み渡らせながら頑張ろう。

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メンバーの皆様、どうぞN島を見捨てないで。



節分がなんと税務調査なのでヒマ無しと読み、立春には少し早いが雛人形をディスプレイする。
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我が家には娘がいないのでずっとお雛様を飾ることを忘れていたが、息子達が独立し、家庭の行事も減って、無性に春を待つこの季節に華やかな彩りが欲しくなったことがあり、元気だった頃の母に、
「私のお雛様、どうした?」
と聞いたことがあるが、あっさりと、
「捨てたわよ」
と言われて仰天したことがある。

捨てたって・・・そりゃそんな立派お雛様じゃなかったような気がするし、人形類があまり好きな子どもではなかったことも確かだが、今のようにファンシーがそこここに散らばってる時代じゃないから、まるで今の子がリカちゃんハウスを眺めるように、お雛様が飾ってある1ヶ月間は私だって雅な色彩に溢れたひな壇の飾りに見入った時期があったのだ。

うちのかあさん、ドライすぎ。

まあ、それでひな祭りというのは我が家にはずっと無いものだったのだが、一念発起、もしコンクリート打ちっ放しの我が家に似合うようなモダンなお雛様を見つけたら買おう、そう、我が家ただ一人の女子(=わたし)のために、と思って数年。
ついにこのお雛様に出会う。

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余分な飾りも付属品も一切無し。
衣装の細工とお顔立ちだけの直球勝負な職人さんの技術に惚れ込んだ。

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一ヶ月早い春を楽しみながら、我が家ただ一人の中年女子はバンドライブに向けて発進である。






巣鴨、フラを止める日 [フレグランス・ストーリー]

7年間踊ってきたフラを止める日、東京は季節外れの土砂降りだった。

いつからだろう。
フラを踊ることに心が向かわなくなったのは。

去年はホイケがあったけど、それが終わってからはゴールが見えなくなっていたと思う。

この年で勤しむ習い事は、明確な目標が無くてもいいんだと思っていた。
これからプロになるわけでも、華やかなステージに立つわけでもない。

一人で技を磨くこと、それに専念するだけでいいと思っていた。
でも・・・

84歳になる先生が大好きで、母が亡くなってからは特に母親を慕うような気持ちで、毎週先生と二人で巣鴨の古びたスタジオに立つことが楽しかった。
踊るよりも世間話をしている時間の方が長いこともあった。
それも楽しかった。
私がフラを止めるのは、先生がフラを止めるとおっしゃる時。
そう信じて疑わなかった。

しかし、その時間は楽しくても、そこへ向かうためには毎日練習のために踊らなければならない。
他にやることが増えるに連れて、その時間を捻出すること、先生の期待を裏切らないために踊りを仕上げていくことが徐々に重荷になり始めた。

そこに何かモチベーションを保つためのゴールが見えていたなら乗り切れたのかも知れない。
先生と深く関われて他人との擦れ合いが無くてすごく私にとっては合っていると思ったマンツーマンのレッスンは、他の生徒さんとの切磋琢磨も無いので、自分がどの辺りの位置にいるのかが分かりにくく、完全に立ち位置を失ってしまった。

先月1ヶ月レッスンを休ませてもらい考えたが、またどうしても踊りたいという気持ちが湧いてくることは無く、犬が大好きな先生にプードルの飾りの付いたヘアアクセサリーを買い、ご挨拶に伺う。

先生に出会えて私のフラは幸せだったと思う。

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ラオスはモン族のビンテージスカート、額装に成功。

10月に持ち帰って以来、これをどう保存するか迷ったけど、圧倒的な仕事量がこれはアートの域に達していると思ったので、額装しようと決める。

「あ、そういうの、できません」
お茶の水駅前の有名な額屋は、電話で事情を説明しただけで実物を見もせずけんもほろろの扱い。

結局知り合いのつてを辿った額装屋さんNewton http://newton-frames.comに相談すると、即座に引き受けてくれた。

何しろ、がっしりした原始的な麻布数メートルを藍染めにし、プリーツを畳み、さらに別布をアプリケしたり刺繍をしたりしたもので、重さ5キロはあろうかというシロモノである。

これを広げた状態で垂直に見せるためには、台座にひたすら細かく縫い留めていく作業が必要になる。
その作業に数ヶ月、ようやく額が出来上がってきた。
台座に縫い付ける役目を果たした若い女の子のスタッフも付いてきて、壁にかけられた額を見て写真を撮り、満足そうである。

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共に海を渡ってきた同じモン族のウサギたちと。

私の中でフラは完結してしまったけれど、旅は発展途上。

ここからは、自分の人生をどう仕上げていくかの最後のdecade。
体力と経済力を考えたらそう思う。

何を選び、何を整理するか。
リセットの時かも知れない。






TDL、おっかなびっくり探訪記 [フレグランス・ストーリー]

ついにこの日が来た。
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6年前、孫が生まれたその日から、いつかはこの日が来るであろうと内心びくびくしていたが、やっぱり来たんである。


ファンシーなものが苦手である。
フリル、水玉模様、リボンを極力避けて通ってきた人生である。

無条件にカワイイと言われるものに手を突っ込むことに照れと意地があるのかもしれない。

娘を持たなかった家庭状況も味方して、20数年前にTDLができたての頃に幼稚園生辺りだった息子二人を2、3回連れて行った後は、そこを異次元空間とみなして近づかなかった。
息子二人も母親のそんな気持ちを察したのか、その後行きたいとねだることも無かったように思う。

だって、ファンシーと人混み。
二大苦手要件が揃う夢の世界。
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そう、そこは夢であって、私にとって現実ではずっと無かった。

しかし孫娘も♪いつか王子様が♪と言い放つお年頃である。
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寒風吹きすさぶ睦月祝日。
いよいよ家族総出で突撃である。

覚悟はしていたが、海辺のおとぎの国は縮み上がるような体感温度だ。

財布代わりについてきた夫は、3歳にしてその利用価値を察知し始めた孫娘とファインダーに収まり、ご満悦。
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ミニーちゃん、相変わらずパンツ丸出し。
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冷えは女性の敵だってば。

いらっしゃーい、とグーフィのGOサイン。
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シンデレラ城のミッキー状のレリーフ。
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一部のモレも無いスタッフの笑顔。
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完璧に作り込まれた世界ではあるが、それはやっぱり無意味ではなくて、子どもの情緒を作り上げる上では必要なものなんだろうと思う。
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こんな私でも子どもの頃、大きな目に星が6コくらい満載の少女漫画に無条件で憧れたことを思い出す。
(私が子どもの頃、日本にディズニーランドは無かったので指針はそこ)

そう、女の子はいつだって美しいものが大好き。
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TDLはやっぱり女子が主役だ。

それが成長する過程でファンシーなものと見方が変わった時に、個々の嗜好の差が出るのかも知れない。

Go to TDL soon.
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いろんな思いが交錯するドリームランドへいざ、また。

ちなみにカワイイを無制限に買えるショップ街で私が自分のために買ったのは、ミッキーの手の鍋つかみ1点のみ。
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しかも片方だけって・・・




ふじみ野、千本桜? [フレグランス・ストーリー]

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クリニックには、クリスマスシーズンに沢山の天使が舞い降りる。

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穏やかで心和む風景である。

しかし・・・・

それとは裏腹に、私生活は日替わりコンフュージョンの1週間であった。
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クリニック恒例大忘年会。
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「仕事も遊びも必死でやれ」という夫のかけ声のもと、院内のセクション別にチームを組んで、考え抜いたパフォーマンスを繰り広げるジャンボリーは、ここで何度も紹介しているので、結構患者様間にも有名な話し。
院長に崖から突き落とされて制服とプライドを脱ぎ捨てたスタッフ諸君のはじけっぷりは、日頃母子の命を預かる緊張からの束の間のリリース感以外の何ものでもない。
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その院長はどぶろっく。
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♪もしかして、もしかして、もしかしてだけど〜
替え歌の下ネタにみんなドン引きなんじゃないのぉ〜〜〜

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英語でお世話になっているJohnnyとは六本木へ飲みに行く。
トウキョウで英語で飲み会って、サイコーに疲れるパターン。

その日のレッスンのディベートの内容が「Four Reasons You Are Tired」。
私の場合はカンペキ、Chatting in English with Alcohol だよ!

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イルミネーション輝くけやき坂にストレッチリムジン。
いつの時代だよ?ここは。


ドラムの先生とも飲む。

また◯マハ合同バンドライブの季節。
今年は自分で曲を引っさげてエントリーしてみたら、選考通過。

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最初からネックになるだろうと思った6連符がやっぱり最大のハードルに。
先生は16分音符にしてもいいよというけど、それじゃあまりに悔しすぎる。

40ほどの候補曲に、バンド系のクラスの生徒がやりたい曲にエントリーしてバンドが組み上がるシステム。
今年はどんなメンバーのバンドになるんだろうと、それもなかなか玉手箱(ふるいか・・・)を開けるようで楽しい。

しかし最近は、擦れ合いながらバンドを組んで曲を仕上げていく過程を嫌う生徒が多く、自分のパート以外は全部先生方の演奏でサポートする、いわゆる殿様状態ライブの方が人気だそうだ。
それって、バンド系の楽器をやる意味あんの?

あと特徴的なのがアニメソングの台頭。
若者がやりたいと言って持ってくる曲はみんな、機械で精巧にサポートしてくれるそれなんだとか。

アニメって子どもの専用事項だと思っている我々が、もしかして、もしかしてだけどぉ〜、マイノリティ?

いーや、58歳は擦れ合いながら、泥臭くいってやりますよ。
個性の違う一人一人の最大公約数を探りながら作り上げるのがバンドの醍醐味だと思うから。

千本桜だか何だか知らないけれど、私は、白い部屋、黒いカーテン、駅のそば。

がんばりまーす!



銀座、ラストクリスマス [フレグランス・ストーリー]

久々の夜遊びである。

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同期で丸の内OLだった頃は毎夜のように会社帰りにご飯食べに行っていた銀座へ、12月のしょっぱな、チーム58(4年制大卒同期入社組)が繰り出す。

私以外、皆きちんとしたご家庭の奥様なので、銀座夜遊びは何年ぶりかと興奮気味である。

さて、どこへ行くか。

そこはあの頃(ピザはご馳走だった・・・)、一番おいしいピザはここのだ!と信じて疑わなかった銀座Siciliaで即決。
40年前の人気店が今もあるって本当に貴重。

赤白の大柄チェックのテーブルクロスがめっちゃ昭和のイタリアン。
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今の、パンを食べているような分厚い台が苦手ですっかりピザ嫌いになった私。
私のピザの原点がチーズのおこげを食べるためだけにあるような、このうすーいシシリアの皮だからかも知れないなあ。
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「これよ、これ!」
と、歓声が上がるのは、30年前と全く変わらないグリーンサラダ。
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これまたうすーいキュウリのドームの中にちぎったレタスが詰めてあるだけのシンプルさ。
でも美しいのだ。美味しいのだ。

ああ、シシリア。

大学生のころ、当時付き合っていた現・夫が、シシリアにご飯食べに連れて行ってくれると言うだけで、どんなに嬉しかったことか。
(私も可愛かったなあ。シシリアでよかったんだもんなあ・・・・)

六本木も銀座も場所が若干移動して、昔の穴倉のような秘密めいた雰囲気が無くなってしまったが、メニューは健在、マネージメントしているオジサンも顔は知らないけどなんとなく懐かしい。

4人でワインを2本空けた後、今日は我々の時代を遊び尽くす思いで、近くのオールディーズライブハウス、Kento'sへ。
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扉を開けた途端、ステージからはWham!のLast Christmas。

いや〜ん。

案内されたボックス席に腰を落ちつける間もなく、踊り出すチーム58。

ステージ前は思いを同じ時代に馳せたオジたちでいっぱい。
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The StylisticsやEarth Wind & Fireと私たちの大学時代の背景に流れていたナンバーが続き、みんなが踊りながら世代を共有する。

楽し〜い!

バブル真っ最中に大学と結婚前の数年を過ごしたことは、決してムダじゃなかった。
何だか毎日が楽しくて仕方が無かったことしか覚えていない。

閉塞感なんて言葉すら思い浮かばなかった。
何の計画も展望も持っていなかったのに、なんかきっとうまくいくって根拠の無い確信だけはあったような気がする。
大学生をそんな気持ちにさせる右肩上がりの時代だった。

そんな時代の空気に混じって流れていたオールディーズや70〜80年代のヒット曲。
懐かしくて、いい曲過ぎて、涙がちょちょ切れる。

58歳でも、女だけのグループと見るや、礼儀正しくダンスのお誘いをしてくれるのがこの世代のオジたちのいいところ。
「女の子(30ン年前だけど)がいたら、誘うのは当然だろ!」って気概があったよ、あの頃のオトコどもは。
ネットも無かったし、ガチで勝負のFace to Face。

薄暗さってもんが皆無の時代がケントスにはある。

気が付けばはや今日が終わりそうな時間。

それぞれ30ん年、家庭をしっかり守ってきたチーム58メンバーは、その時間に驚き慌てふためきつつ、いいトシをしたシンデレラのように急ぎ帰途につく。

みんな長い間頑張ってきたんだもんね。
今宵くらい、ご主人も大目に見てくれるでしょ。

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遅刻してシンデレラの帰宅。

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(コニファーのドア飾りはS子ちゃん作。ありがとう!)

私のラストクリスマスはいったいいつだった?

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結婚37年目の夫ははや高いびきである。



自宅、断捨離 [フレグランス・ストーリー]

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様々に使い倒してきた2014年の手帳も残すところ1ヶ月分である。

師走のお掃除とか断捨離とか、気にはしてみるけど あんまりやらない主義。
しかし、ここへ来て2大改革を実施。

一つは、15年近く使い続けた、ミナサンのおしっこだらけの我々のベッドパット。
(ベッドパッドってどれくらいの周期で変えるものなのか分からず、クリーニングを繰り返しつつずるずると使ってしまった・・・)

捨てました!

そして錦織バブルの一環として、◯アウィーブのマットレスパッドとピローを導入してみたんである。
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いやー、ここ何年かの冬、ベッドに入る前のちょっと不安な気持ち、それが薄っぺらなマットのせいだったってはっきりと知りました。

厚めなんだけど決して身体が沈まない、凍みこんにゃくのようなと言えばいいか、何とも形容の仕様の無い暖かい弾力性は、一晩で、老いぼれてきた身体に甘やかな幸せをじわりと染み込ませてくれた。

加えて、もともと自律神経が狂い気味で、真夜中歯の根が合わないような寒気に襲われて目覚めることがたまにあるので、◯ロンギのオイルヒーターを低温設定でつけておくことにする。
空気が乾かない、汚れない、まさにこのためにあるようなヒーターである。脱帽。

◯アウィーブ+◯ロンギ、この冬はイケるんじゃないか。



ネットの普及で、ブランド品買い取りというシステムが大繁盛らしい。

ブランド品じゃなくても、友人から、お嬢様たちが気軽に着飽きた洋品などを宅配引き取りの段ボールにガンガン詰めて送り、お小遣い稼ぎをするという話は聞いていた。
娘が居ないのでそのシステムの存在を知ら無かった私は、着なくなった洋服や使わなくなったバッグをおヨメさんやお手伝いさんにあげたりしていたが、こういうものって個人の趣味もあるからやっぱりもらう方も迷惑なんじゃないかと結構気を遣う。

それに「人に自分の使ったものをあげる」って、(もし未使用品だったとしても)やっぱり上から目線の行為だよなあと思うので、イマイチ積極的になれないのである。

かといって、自分の使った物をビニールひもで括ってゴミ置き場に出すっていうのも、プライバシーが真っ裸で打ち捨てられるようで考えられない。

途上国へ送ることも考えないではないが、どの組織がまじめな活動をしているのか分かりにくいし、モノによっては欲しくないものもあるようだから、分別し調べて発送する手続きも面倒だ。

その点、相手が業者ならお気遣い無用、お金だけのビジネスライクなやり取りがサバサバして、いっそ、こういう場合はいい。
途上国に送るならその売り上げた(?)お金を送った方が絶対いい。
クローゼットも片付くし、何より、あー、こんなものなんで欲しがって買っちゃったんだろうという自分の馬鹿さ加減を思い知るアイテムが目の前から消えてくれる。

・・・で、買い取ってもらってみました。
(事前に写メ撮ってフォームに載せて査定してもらうと、引き取りにくる)
昔、欲しくてたまらなくていくつか買ったけど、結局貧弱な体型には重過ぎて全く使っていなかったバッグ類。
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バッグ4つ引き取ってもらったら、ちっちゃいベンツ1台買えるくらいの値段になったのにはびっくり。
今、このブランドがバッグを市場に出し惜しみしていることが背景にあるようだ。


・・・というわけで、2大断捨離決行。

断捨離って、ただの片付けではなく、自分の人生のムダを整理してモノへの執着から解放される考え方だというから、ブランドバッグに踊った浅はかな人生のだぶつきをこれで縫い縮めたのだと思いたい。

これからは身の丈に合ったお利口な買い物をしていこう。

ええ。もういいトシですし・・・

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日本橋、Drunk Japanese Businessmen [フレグランス・ストーリー]

ずっと日本に住んでいて、自分も多少お酒を嗜むから、そういう場面にも(特に若い頃は)何度か遭遇し・・・

これが全世界共通の風景だと思ってました、この記事を読むまでは。

http://en.rocketnews24.com/2014/06/19/some-words-about-the-evils-of-alcohol-and-the-superhuman-powers-of-drunk-japanese-businessmen/

例によって先週Johnnyがレッスンで取り上げた記事なんだけど、読むと笑っちゃう(特に自分の降りる駅の前になると、地震を予知したハムスターのように目をぱっちり見開くというところでは大爆笑)。
でもこれが日本人特有のお酒の飲み方で、外国の方から見るとあきれたというかよくも恥ずかしくなくというか、そういう奇異の目で見られているのかとこの歳で知って、非常にショックである。

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夜11時以降の電車に乗る日本人ならもう見慣れた光景である。
しかし、外国人にはまるでアトラクションのように映るんだという。

記事は、電車の中ではまともに立ってもいられないくらい泥酔した(見ていたイギリス人は自国だったら病院行きだと言っている)サラリーマンが、自分の降りる駅のアナウンスで覚醒し、ちょっと下りるタイミングをはずすものの、ホームに颯爽と降り立ってすたすたとエスカレーターに乗って帰っていくさまを描写、笑いを誘う。


これはロンドンの地下鉄駅だから、海外でも日本人はやっちゃってるってことだ。

何しろアジア人の8割はアルコールの分解酵素を持っていないそうだから、もともとウィスキーやワインをがっつり飲んでも平気でビジネスに戻っていけるような欧米人とは違って、体質そのものがお酒に弱い。

アメリカ人なら酔っても帰る手段は自家用車だそうだから(それも恐ろしいハナシだが)、そもそも電車の中のような公衆の面前を酔っぱらいは通過しない。
酔って公衆の前で吐いたり醜態をさらすことはとても恥ずかしいこととされているので、常識有る人間ならまずそれをしない。

日本のサラリーマンはまじめ過ぎて、お酒を飲むことでしかストレスが発散できないのだという、ありがちな結論に結びつけて状況を看過している日本の社会は、酔っぱらいに甘すぎる。

綺麗な話しではないが、忘年会シーズンともなれば、こういう方々の残した結果の汚物を踏まないように、駅はジャンプしながら歩かなくてはならない。
毎夜毎夜それを綺麗にお掃除する人もちゃんといてくれて、鞄は盗まれもせずにちゃんと倒れている酔客の傍に有る。
日本はすごいよ、とお酒が飲めないJohnnyは半分揶揄も込めて言う。

美しい日本、とか二言めには言うけど、週末の夜明けの新宿や六本木の饐えたニオイの漂うおぞましい風景は決して自慢にはならないはずだ。

もうすぐ忘年会シーズン。
お酒は上手に楽しく、きれいに飲みたい。

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ベトナムから次男が一時帰国。

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2年半ぶりの帰国とあって、友人たちとつもるハナシもあるんだろう。
連日朝帰りである。

頼むから、あのオッサンたちの仲間入りはしないでくれよ。

最後に少し綺麗な映像でお口直しを。
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生のバラの香りが贅沢な某ジュエラーのトイレ。

軽井沢、10月山荘にて  [フレグランス・ストーリー]

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軽井沢の秋。

朝、客人到着の前に、恒例の浅野屋のパン買いついでに、足を伸ばして浅間山の裾野を登り、白糸の滝までドライブする。
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平地より紅葉がぐんと進み、山道は明るい。
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夏だと周辺の細道が観光客で大渋滞となる白糸の滝。
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どんなに素敵なウォーターフォールかと思えば、小規模な千住博って感じ。
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犬と滝。
若干無理ある構図。
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日があるうちは、気温も15℃くらいまで上がるので、紅葉でカラフルな別荘地は楽しげだ。
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ランチのフレンチは、秋の食材が満載。
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夕刻、気温は急降下。
ダウンが無くては外出不可である。

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もうすぐ冬眠にはいるかのように、最後の明かりを灯すレストランやショップ。
また来年の夏に会いましょう。


今回の客人は、マダガスカル香料視察ツァーメイトだ。

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外気はマイナス1度という環境ゆえ、晩餐は初めてのケータリングとしてみる。
マダガスカルツァーの過酷な行程が、恰好のツマミである。

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スペインのワインボトルのラベルは、星座と新体操。
カワイイ。

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ラオスの焼酎だって、負けてない。
ラベルのデザインも、アルコール度数も。

結論。
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就寝は午前3時とする。

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ふじみ野、日本の秋 [フレグランス・ストーリー]

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今年は残暑が続かず、やけにあっさり涼しくなったので、日本の秋を満喫している。

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ここ2、3年、大好きなニット類が出回る頃はまだ35℃くらいだったりしたのでげんなりしたが、今年はいい感じに着られそうである。

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盛夏の薄物から単衣への移行も極めて自然である。
(顔も自然に58歳に移行している・・・残念)

その着物のまま、孫達の七五三の写真撮り(!)である。

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お宮参りの着物を仕立て直して誂えた被布を着た孫娘は、まあ、いい感じにポーズを決めていく。
女優だなあ、オイ。

なぜ冒頭(!)を付けたかと言うと、昨今の七五三ではお参りよりこの写真撮影が一大イベント化しているのに仰天したからである。
ジジババはビデオメッセージまで撮られ、夫などもはや孫娘の結婚式に参列したかのようにウルウルになってるんである。

被写体の孫達は折りヅルやら獅子頭やら刀などを持たされ(絶対イミわかってないだろー、キミタチ)様々なポーズをとらされる。
写した何百枚もの写真はすぐにBGM付きのフォトアルバム風に編集され、そのメディアをもらった親がこれぞという何枚かをチョイスし、最終編集に漕ぎ着けるわけである。
結構なお値段だそうである。

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編集用の画像から自分のベストショットを選ぶ着物を脱いだ3歳の孫娘は、くわえ煙草ならぬくわえキャンディーである。

オイオイ。

携帯がカメラ代わりになって日常の隅々まで写し出すばかりかネットで一般公開できる、万人が主役の画像時代である。
どこの写真屋の陰謀?と勘ぐってはいけないんだろう。


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先日テニスについて熱く語ったばかりだが、サッカーとなると、ゴールネットにボールが入ったら点が入ることしか知らない超ド級音痴(運痴?)である。

しかしお誘いを受け、ご飯やお酒が頂ける部屋の前の専用テラス席、VIEW BOXというなにやらVIPなニオイのする場所で我が(急に地元愛に燃えているような書き方をする)浦和レッズの試合を観戦する。
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レッズが3回ゴールネットを揺らして初心観戦者にも3点が入ったことが分かり、自分的には盛り上がったが、謹慎中のレッズサポーターは大段幕や旗を持ち込むことが出来ないため、ひたすら会場を深紅に染めて、相手の柏レイソルを静かに色で威嚇しているように見える。

しかし、この独特の雰囲気、妙に盛り上がるなー。


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続いてこちらも大盛り上がり、セラピスト仲間のご主人でさすらいのロックギタリスト、マコトさんの還暦ライブ。

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ギター一筋50年というマコトさんの、飾らない穏やかなお人柄を物語るように沢山のキラ星のごとしスター・ミュージシャンが集結し、4時間半(!)ものライブを盛り上げる。

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奥様の朋ちゃんがバースディケーキを差し出すも、マコトさんは無言で恥ずかしそうにフーっと吹き消しただけ。
うちのダンナだったらここで「女房には苦労をかけました」とお決まりの涙無しでは語れない夫婦ヒストリーをでっち上げそうな(いちおー、苦労してるけどさー)気がするが、マコトさん、オトコだ。ロックだなあ。

ひとつのことをずっと続けているとこういう風に結実するんだという素晴らしい見本を見せてもらいました。
還暦、心からおめでとうございます。



涙無しでは語れない夫婦苦労話ヒストリーは、ウチの場合、松茸入りすき焼きでご破算にしてあげる。
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何は置いても毎年これだけは食べないと、明日死んだら悔いが残る。
血糖値上昇中夫と食べ物に執着無し妻で、エンゲル係数限りなく低い我が家だが、神無月前のほんの2週間ほどだけ提供するという人形町今半の国産松茸入りすき焼きにだけは、何故か一緒の反応を示す。

クリニックで仕事をしていて、お互い「今日でしょう!」と目配せし、電話して席を取り、あわあわと出掛ける。
去年も私がプラハに出掛ける前に大急ぎで飛び込んだのであった。
普段お尻の重い夫も、これにだけは付き合ってくれる。

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去年と同じ方がお鍋を預かってくれ、感激。

とろけるような極上のお肉に松茸の香りが移って、毎年、世の中にこれ以上美味しいものがあろうかと思う。
最後は、松茸を半熟の卵に絡めたご飯で〆て完食。


装いと、スポーツと、素晴らしい音楽、そして極上の味。
五感が贅沢に打ち震えるようだ。

日本の秋は本当にいい。
・・・けど、ちょっと忙しい。

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自宅、にしこりがんばれ [フレグランス・ストーリー]

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わおおおー!
すごいよ、すごいよ!!

久しぶりに興奮した。

スポーツ観戦、あまり興味ない。
サムライ・ジャパンの面子も未だよくわからんし。

体操だのフィギュアみたいな採点競技に関しては、勝敗にどうしてももやもやしたものが残って、あれがスポーツかどうかという原理的な疑問感じるし・・・(アートとして観るのはいいですね)

ゴルフのようにいかに少なくプレイするかっていう競技や、サッカーのように時間で引き分けもありというのは、全体のスケールが決まってるだけに釈然としない。
(以上のスポーツ競技のファンの皆様、ご無礼お許しください)

だって、だって・・・・

スポーツって汗と涙で、点数や時間をもぎとるもんだろー。

・・・と思うんである。

要するに、審判の感触や時間の制限無しに、アスリートの実力だけで勝ち負けがはっきりするっていう単純な構造が好きってことです。


一家の家訓ならぬ家技(要するに家族共通の競技)のようなものってどの家にもあると思うんだが、我が家の場合、それは絶対的にテニスであった。

あった・・・と過去形なのは、今は家族で誰もラケットを握っている者がいないからである。

今はたぶんぼてぼてのサーブも返せないんじゃないかと思われる体重を蓄えた夫が、まず大学ではテニス部のキャプテンであった。
当時付き合っていた私は、コートの外から試合を眺めて、ユーミンの「ノーサイド」っぽい感傷に浸るのが好きだった。

次男を幼稚園にぶち込んですぐにママ友に誘われて通い始めたテニススクールで、次にハマったのは私だった。
「すいませ~ん」と言いながら走らないおばちゃんダブルスが嫌い。
すいませんと言うヒマあったら、足、半歩出せよ。

シングルス志向のオヤジクラスに紅一点、たまにはシングルスの試合にも出場した。

だから自然に息子たちもそこのキッズクラスに在籍し、一時家族4人でダブルスを楽しんだ頃が、我が家で一番テニスがポピュラーだった時代だ。

その後仕事に忙殺され始めた夫がまず離脱、次男もあまり興味が続かなかったが、長男にとってテニスは、反抗期という暗いトンネルで迷った時に一すじの出口を示す灯りとなり、大学では夫と同じようにテニス部のキャプテンを務めた。

夫が病気で東京での医局生活をあきらめ、一家で山形に移住した時も、見知らぬ土地のテニスクラブの仲間たちとの交流で、どれだけ心細さが救われたことだろう。

私はこのままずっとずっとテニスをしながら年をとっていくんだろうと信じて疑わなかったが、10年ほど前に左アキレス腱をぶっつり断裂させ、半年の仕事を棒に振ったことから、ラケットを手放した・・・


・・・え、おまえんちのテニスヒストリーなんかどうでもいいよ。次へ行け、とおっしゃいますか。


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自分たちがテニスに夢中だった頃は、よく有明や代々木に観戦に行ったし、グランドスラムの試合も欠かさずTV観戦したけど、そのコートに日本人選手が立つことは本当に稀であった。
松岡修造や伊達公子が、何とか16強や8強に食い込むだけで拍手喝采したものだ。

それが・・・フラッシングメドゥの決勝メインコートに爽やかな日本の青年が立つ、そんな日が来たんですねー
もう、それだけで感無量である。

我が家の中で一番テニスに熱い長男は、まずウチに電話してきてwowowが無いと知ると、未曽有の素早さで加入し、明朝の決勝戦を観戦できる態勢を整えた。
ブルック・シールズと別れて絶望の淵から這い上がったアンドレ・アガシの復活優勝戦を(1999年全仏だったろうか?)、反抗期で私と全く口をきかなかった彼と二人、無言で涙を流しながら観た夜のことを思いだした。

(前にも書いたかも知れないが)
この子は大丈夫。
スポーツに感動するまっすぐな心さえあれば、必ず戻ってこられる。

そんな不確定な、でも母親としての直感と共感に満たされた、そんな夜でもあった。

あの感動をもう一度。

明日夜の明けきらぬうちに長男宅へ押しかけて歴史的な決勝を見届けんとするご迷惑な姑に、長男もおヨメさんも「一緒に応援しよう」ととっても寛大である。


我が家のテニス熱思いっきり再燃、ちょっとウレシイ。

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(夫は59歳になり、テニスからは一番遠いところにいる)






自宅、さらばモロッコ [フレグランス・ストーリー]

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ああ、行ってよかった。

例え、旅先で小さな失敗や行き違いがあろうとも、それも思い出の中の一コマになって後で笑えるのが旅のいいところだ。

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夫が当直の夜、ワインに身を委ねながら、スワナプームの山岳民族支援ショップで買ったカレン族のジャケットを羽織って一人ファッションショー。

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同じプロダクツで、髪をまとめるシュシュもキッチュでカワイイ。

帰国してからもこうやって思い出を反芻して、実物大以上に旅を楽しむのが私流。

こうして何もかもが人生の彩りになるから、旅は行ってしまえばそれで成功なんである。

というのも、自営の仕事を持ち、高齢の父を抱え、なおかつ人間で言えば齢100歳近いべっちゃんもいるため、最近特に海外旅行は計画する度ドタキャンでもやむなしと覚悟。
飛行機の発券期限と父の容態、仕事の進行状況、犬達の様子を睨み合わせながら、スーツケースをパッキングする。

だから計画どおりの飛行機に乗り込み、機が成田または羽田の滑走路をふわりと離陸した瞬間に、ああ、今回も行けたと心の中で万歳をする。

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しかし今回、58歳にして初めて計画した旅をリリースする。

幸いなことに理由は父でも犬でも無く、遠いところにあると思っていたエボラ、思わぬところにあった落とし穴である。

サハラ砂漠を見たい見たいと思いながら数年。

言う度に夫含む数人のオヤジたちから「鳥取砂丘じゃダメなの」と揶揄され(ダメに決まってんだろー。しかし、オヤジたちってなんで鳥取砂丘って異口同音に言うんだろう)、それでもめげることはなかった。

当初チュニジアから入るルートを想定していたが、その後の政情悪化で現在渡航要注意国となってしまい、行けなくなった。
しばらくあきらめていたが、先のマダガスカルで一気に心がアフリカへ飛んでいってしまった。

今なら行けるかも知れない。

家庭の事情と体力がすり減ってしまわないうちに、モロッコから攻めることにした。
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チュニジアならば市街地からすんなりと(一応人のハナシでは)砂漠に辿り着けたものを、モロッコで国際線が離発着するカサブランカからは険しいアトラス山脈越えの、往復少なく見積もって1500kmの陸路(当然舗装などされていない悪路だろう)移動を強いられる。

そのうえ、カギのかからない砂漠のテントでの宿泊は女性一人では止めた方がいいと言われ、そこはあきらめかけたところ、なんと一緒に行きたいと言う奇特な友人が「チーム58」(先日軽井沢に集合した同期メンバー)の中から現れる。
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さあ、勢いづいたのなんのって、もうすぐ58歳二人。

ドバイ経由でカサブランカに降り立ち、迷宮の都フェズでリヤド(モロッコ伝統の民家を改装したプチホテル)に泊まり、そこから日本語ガイドを雇って往復1泊ずつの途中休憩を含むアトラス山脈越えを決行し、砂漠に着いたらラクダ移動してテントに1泊、最後にマラケシュ郊外のアマンリゾート、Amanjenaに3泊、という、これ以上のアイテネラリーは考えつかんというくらいのプランを練る。

飛行機も決まって後は現地行程をもう少しスリムに練り上げるだけ、という段階で、西アフリカのエボラ出血熱の拡大が報道されるようになり、それに、これまで私のどんな我がままな旅行もダメと言ったことが無い夫が反応した。

地球儀回して流行地域4カ国から2、3カ国間に挟まってるしーとか、至ってのんきな外務省のHPを見て安心したりとかしていたが、夫含め回りの医療従事者、息子達は一様にNO
曰く、日本の外務省は過小評価し過ぎだと。

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同行するはずだった友人と誕生日前日5時間も飲んで検討重ねるも結論出せず、丸ノ内線の改札で分かれる間際にとうとう取りやめの意思決定をする。

何も今行かなくたって、またエボラが収束してから行けばいいじゃないか。

夫達周囲の意見はそうであろう。

でもそうじゃない。

今回行かなければ、多分もう一度家族の状態や仕事の状況、自分たちの健康状態など、二人揃ってGOの条件が揃うことがないだろう。
何よりもかなり過酷で費用もかかる旅なので、一旦こうして乗った気持ちで勢いを付けなければ、突破できそうも無いことは、お互いがよーく分かっている私たちである。

感染したアメリカ人医師が未承認薬で回復し退院したというニュースもその後流れ、エボラは多分このまま恐れていたパンデミックにはならずに緩やかに収束に向かうのであろう。

だが、さあエボラが治まったのでこの行程でまたモロッコに向かい合えるかというと難しい。

いつも思うように、旅は飛行機に乗ってしまうまではある勢いが無いと辿り着けない。
気持ちを盛り上げてくれる体験や経験則がまだそこには無いのだから。

飛行機が離陸した途端に早くもこみ上げる時期尚早な私の達成感は、年々海外へ行く条件がキビシくなっていく自分の年齢や環境を今回も突破したという、その満足感だろうと思う。


素敵なブーケをありがとう、S子ちゃん。
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でも、思いは繋げようね!



軽井沢、また雨だよ [フレグランス・ストーリー]

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老眼鏡を忘れてしまった。

しかし、老眼鏡って身もフタもない言葉だなあ。
日本語はデリカシーに溢れた言語だと思っていたが、この場合、英語のReading glassesが勝ち。

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週末また雨の軽井沢。
悪天候の高原特有の、肌に冷たさがまとわりつくような濃い霧がたちこめる。

金曜夜、仕事の後、夕ご飯とお風呂を済ませて、あとは寝るだけという状態で、濃霧の碓氷峠を越えて夜中の12時に山荘に着いてみれば、なんと車のトランクが開かないまさかのアクシデント。
着替えも犬たちのご飯も洗面道具も取り出せない、ロストバゲージ的な一夜を過ごし、国内移動であっても最低限必要なグッズは手持ちのバッグに入れるべきと再確認する。

かの3.11以来、傘、スニーカーから懐中電灯まで大きなリュックに入れて通勤に毎日持ち歩いている友人がいるが、最後に笑うのは彼女だろう。

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雨の山荘は、いっそ外との関係を断ち切れてお篭もり感を満喫できて嫌いじゃないが、台風がらみのこの豪雨にはいささか辟易する。

・・・ていうか、最近の日本の天候、猛暑か極寒か、豪雨か日照りか、どっちかしか選べないの、我々?

老眼鏡が無いので、英文の読み込みとか読書などはせっかく楽しみにしてきたのに全く歯が立たず、仕方無く、部屋の模様替えという一番大雑把な作業など始めてみる。
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雨を見ながら、ティータイム。

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ケアリー・レイシェル聞きながら犬たちはひたすら惰眠を貪る。

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陽気な夏はどこへ行った?

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ジバンシィの新しいスリップオンも今日は出番が無い。

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明日が誕生日の孫娘へ、知人のネットショップ・プレオープンセールで、デンマークの着せ替えウサギを買う。

雨の中、夜はその軽井沢の別荘滞在中の知人と、和風ビストロへワインを注入しにいく。

空きっ腹に流し込んだせいか、埼玉より気圧が低いせいか、本日のグラスワイン3種を制覇したあたりで、結構回ってるなと思う。

台風情報流し続けるTVと雨音を子守唄代わりにして、撃沈。


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