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ふじみ野、パチュリの思い出 [フレグランス・ストーリー]

最初の記事は、2007年11月26日。

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「おいで!パチュリ」は、一番好きな香りの名前からだった。

イギリスのアロマテラピーを学んでトリートメントサロン「オフィキナリス」を設立し、夫のクリニックを補佐する自分の立ち位置から、本来の代替医療としてのアロマテラピーを追求していこうというスタートラインに立った頃だった。

院長室を区切ったにわか作りのトリートメント室から、妊娠・出産期をアロマテラピーを併用して自分の意志で乗り切っていった患者様が、沢山初々しい母になって巣立っていかれた。
エッセンシャルオイルの薬効成分による実際の効用だけでなく、会話と掌から伝わる患者様の人生に40週、産科医の夫とは逆のベクトルから寄り添う毎日は、私の人生にとっても大きな方向転換であった。

非科学的な領域と結びついて呪術的に語られることも多かった古来のアロマテラピーに、100年近く前にエッセンシャルオイルの成分分解をもって科学的な光を当てたルネ・モーリス・ガットフォセやジャン・バルネ医師が提唱したアロマテラピーの医学的利用は、最初の抗生物質ペニシリンが発見されて以来、目覚ましく進歩を続ける西洋医学に追い越されて、徐々に価値を薄れさせてきた。

ましてや日本にアロマテラピーが普及し始めたのは1995年以降。
西洋医学がごく一般的となっている今日の土壌に、アロマテラピーの医療的導入は非常に難しいと、いざ現場で働くとそれは身に滲みて感じた。

それでも夫の理解とアロマテラピーのある生活の質を評価してくださった患者様に支えられて、15年の歳月をこの仕事に費やしてきた。
その実践の場を、ここで得られたことは本当に幸せに思う。

近年アロマテラピーは、抗生物質の耐性の問題や、予防健康法、未病における早期治療の観点からひとつの活路を見いだしつつある。
また嗅覚に捕らえられる香りの刺激は信号として脳に伝達され、記憶や自律神経調節に密接に関与することから、エッセンシャルオイルの芳香を利用した認知症や心理障害改善への期待も高まっている。

最近助産師とアロマセラピストがタックルを組んだ我がクリニックの妊娠・出産期におけるアロマテラピーが、簡単ではあるが文献として専門誌に掲載される機会を得、これまでの試行錯誤が一つの形になったような気がしている。



仕事の裏側の私生活では、その間息子達が独立し、両親を送り、東奔西走しながらもようやく母親と娘という二つの立場の責任から、還暦を迎えた歳に解放されることになった。

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ふと立ち止まって考えると、時にたまらなくなるのは、大学生活の延長のように結婚生活に入ったせいで、自分の一人勝負の機会に今まで巡り会わなかったことだった。

自分一人でできることは、いったいどれだけの大きさ(あるいは小ささ)なのか。

自分の素性を全く知らない人達の中の私の価値って如何ほどのものなのか。

賑やかな家族や友人がいない寂しさは何色なのか。

大好きなものに触れられない体温はどれだけ低下するのか。



それらを知るのがこういう突飛な方法であることに多くの人が驚愕するが、それ以外の手段を私は見つけられず、また思いついたら迷う暇がないうちに実行へ移すのが信条。
そして、約半年で準備が整った。
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長らくお読み頂いた「おいで!パチュリ」
これまでこのブログで出会えた多くの方々のお心寄せに心から感謝。

今度はシンプルに「おいで!パチュリ2」と名を変えて、違った舞台と視点から人生模様をお伝えしようと思う。

皆さま、今度ともどうぞよろしくお願いいたします。

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おいで!パチュリ2はこちら。
http://n-officinalis.com/blog_patchouli2/


水戸、八月の光 [マイハーベスト]

凍てつくような寒さの中に、月がひと際美しい夜が続いた。
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叔母が逝った。

5日前に病院の手続きをしに顔を見に行ったばかりだったのに。
年末に見舞った時は、ダジャレを言い、まだ車椅子で私と写真も撮れたのに、その時は白い枕の上の土気色の顔に愕然とした。
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水戸近郊に住んで生涯独身を通した95歳の叔母には近くに身寄りが無く、最後の看取りの段階になって強がって生きてきた人生が周囲を混乱させた。

人生は誰かの手を煩わさなければ終われない。
叔母はそれに気付いていただろうか。

本人に既に意識と感情が無く、寄り添って看取りのタームをこなす家族がいない孤独を感じずにいられることが、唯一の救いのように思えた。

京都からやはり様子を見にきた従弟と取り留めも無い話しをしながら新宿で二人で飲み明かしている時に、叔母は甥と姪の邂逅に頷いたように一人で旅立っていた。

一人で生きた彼女の生涯は険しかったのだろうと思う。
ようやくそれも終わったのだ。




渡航日が迫り、築55年の実家の管理を委託しに行く。

両親が施設に入ってから6年、人の住まなくなった木造の古家は荒れた庭の中に佇んでおり、そこには見てきた叔母の死相と同じものが見える。

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教職の合間に一人で家事をこなし立ち働いていた気丈な母の戦場はそのままだ。

私は冷蔵庫の前の椅子に腰掛けて足をぶらぶらさせながら、調理をしている母の背中に取り留めも無くおしゃべりを浴びせかける。
母が振り向いて、「ほら、味見よ」と言って料理の一片を私の口に放り込んでくれる。

モノクロのフィルムが回りだす。

役目の終わったこの抜け殻をもまた看取る方法を、またこれから考えていかなくてはならないのだろう。




高速にのる前に、水戸インターのすぐ近くにある両親の墓へ足を運ぶ。

娘が高速を使って墓参りに来ることを予想して建てたかのような簡素な墓に、60年近く添い遂げた両親はひっそりと眠っている。

石の下にあるこの二つの骨壺を思う時だけ、小さな安堵感を覚える。

二人はもう笑い合うことも無い代わり、悲しむことも苦しむことも無い。

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また帰りに迎えにくる からねと、幼稚園児の頭を撫でるように、墓石を撫でて帰路につく。

父が亡くなるまでは現在進行形だった故郷が昨年2月に急に過去形になり、訪れる目的はすべて昔を掘り起こす作業ばかりになる。
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後ろ向きな疲労が身体に蓄積されていく。




時間を緻密に自由に行き来させた秀逸なアメリカ小説を読む。

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「八月の光」(ウィリアム・フォークナー/加島祥造訳/新潮文庫)

ウィリアム・フォークナー(1897〜1962)は、一貫して自分の生まれ育ったアメリカ南部地方から革新的な文学手法と南部独特の人種観を問い続けた1950年ノーベル文学賞受賞作家である。
ある地域を特化して創作する作家の先駆者で、ガルシア=マルケスらが影響を受けたと言われている。

「八月の光」はその彼の著書群の中でも筆頭に上げられる長編で、日本人のセンサーの最も鈍い人種、宗教、銃社会といった部分を、淡々と、しかし確実な客観性をもって知的な筆で描き切っている。


臨月の身で、自分を身籠らせて捨てた男との生活を夢見てアラバマからミシシッピまで一人で道を辿る白人のリーナが、まずこの本の扉を開ける。

貧しく不遇でも、彼女は決して恨まず、怖がらず、欲しがらず、穏やかに道行きで出会う人びとと関わっていく。

彼女の周りでは様々な人生が展開され、剣呑な事件が起こるが、リーナは淡々と目的に近づいていくことだけを望み、やがて純朴な男バイロンに助けられて子を産む。

彼女を取り巻く社会は、土地柄時代柄人種問題が根強く蔓延り、登場人物も起こる事件も、そのどちら側に属するかという観点が大きく行く末を左右する。
白いなら白い方へ、黒いならさらに黒い方へ。

白と黒が混じり合うことは決して無く、どの人生もその段差を基にして展開していく。

唯一同じ神を信仰するキリスト教だけが両側の共通項であるはずだが、調整をすべき牧師のハイタワー自身も人生の敗者であり、大役は果たせない。




聖母マリアに影が重なるリーナは間違いなく主人公の一人だろうが、その他の登場人物も聖書中の人物を彷彿とさせる。
黒人の血が混じりながらも容姿が白人であり、どちらにも属することが出来ず罪に溺れて白人の銃に倒れるクリスマスはキリストだとする評価もあり、すぐ側で展開しながらこの二人の人生は決して交わらない。
この辺りの構成は他に類を見ない絶妙さがある。

登場人物達はストーリーに組み込まれて出現した後に出自が語られるため、筋書きはしばしば時間を逆戻りし、流れるように進行するというわけではない。
また描写が非常に詳細でしかも情緒に満ちているため、読み手は一人一人の人生に惹き込まれ、全てのキャストが主要人物であるとさえ思い入れてしまう。
しかしその緻密に考えられた著者の構成はそこの困難さを感じさず、本筋は息を呑む展開の連続で一貫しており、読み手は指標を失うこと無くまたストーリーの路線に戻って先を目指すことができる。

フォークナーの文学手法は、この「八月の光」に集約され成功しているといっても過言ではあるまい。

翻訳も日本語としての質が高度でかつ繊細、共感を呼ぶ。

タイトル「八月の光(LIGHT IN AUGUST)」はフォークナーのこだわった故郷ミシシッピの八月に何日かある、光に満ちた日々から。

原罪を思わせるやりきれない混沌に満ちた世界を描きながら、一筋の希望の明かりで本著を読み切ることができるのは、著者の思いを込めたこの光の存在故であろうとも思う。

トランプのアメリカ・ファーストに揺れる今日、また本が導かれてきたと思う。

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軽井沢、孫が読む漱石 [マイハーベスト]

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軽井沢は穏やかな日が続く。


2017年がスタートした。

大晦日、山荘近くの蕎麦屋で年越しのお蕎麦を頂き、カウントダウン。
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その前二年続けて海外で年をまたいだので、久しぶりの醤油味の年越し(笑)
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明けて元旦、馴染みの鮨屋http://www.sushi-aji.com特製のおせち料理で朝から飲み始め、夜はウィーンフィルのニューイヤーコンサートのライブを観る。

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去年自分達があのお祭り騒ぎのど真中にいたことも、今は何だか遠い日のようである。
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現地昼過ぎのコンサート終了後に、夜9時近い日本とメッセンジャーで感動を伝えあい、時差を飛び越えて時間を共有できる世の中になったのだと、美しき青きドナウよりもそちらの感動が鮮明だったりした。

2016年秋、オーストリア航空の東京直行便の運行が打ち切りになり、ちょいちょいオペラ観に一人で出掛けて行くというわけにもいかなくなった。
ニューイヤーコンサートとミース・ファン・デル・ローエのチェコの代表作の見学は、最後のいいタイミングだったのかも知れない。

ブルノの無彩色とザッハーの煌めきを想う。
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今回碓氷峠を下りれば、この愛おしい山荘を訪れるのは二年先になろう。
ウォーの「ブライズヘッド再訪」が頭をよぎる。

下界でこれから怒濤のように押し寄せるであろう渡航準備から目をそらすように、「日の名残り(The Remains of the Day)」のDVDを観て、山荘に偶然残っていた数年前の文庫本を読み直す。

執事という英国独特の人格を描き、丸谷才一をして「わたしは、男がこんなに哀れ深く泣くイギリス小説を、ほかに読んだことがない」と言わしめた、カズオ・イシグロのブッカー賞作品である。
映画はその静かな慟哭をアンソニー・ホプキンスが見事に演じている。

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「孫が読む漱石」(夏目房之介/実業之日本社)

林間に湛えられた澱のような時間を、山荘の本棚から次々に取り出した本を読むことで費やしていく。
これも数年前まだ山荘周辺に唯一の本屋があった時に買って積んでおいた本であろうと思う。

著者はマンガ評論家として(そういう職業があることを知らなかった)世界で高い評価を受ける、文豪漱石の直系の孫。
前著「漱石の孫」も読んでいないし、そもそも漱石の作品すら『坊っちゃん』と『三四郎』は読んだような気がするけど、『猫』は途中で投げ出したのかなあ、という心もとなさなので、読んでも仕方ないか・・と放っておいたものと思われる。

この手の本は、超有名人の親または祖父母の名を背負う苦労話がお決まりだろうとタカを括っていたが、完全に裏切られた面白さで一気に読み上げる。

一般読者が漱石を読んで感想文を書くレベルと確実に違うのは、そこに著者がDNAの手応えをたぐり寄せようと悶え、図らずも気付く同一性を見つめ、しかし両者(漱石と著者)が生きる社会の違いによって冷静に納得していく過程である。

例えば『私の個人主義』(1914年)より。

漱石は西洋文化の洗礼を受けてロンドン留学から戻り、自ら捕らえてきた「個人主義」を作品に投影する。
その個人主義は利己主義と異なり、個人の自由は社会規範を妨害するようなものであってはならない、自由をどこまで主張していいかは現実の国家の安危に従ってその都度尺度が変わるものだ、という利害調整的なルールを掲げて。

著者はそのポイントを捕らえ、漱石の時代は個人の自我よりも社会や国家の規範こそが重要で価値があったし、自由を論ずる人びとが選ばれた特権階級であったと思いやり、自分の生きる現代ではむしろそれが逆で、戦後大衆によって自由はもっと平坦にカジュアルな解釈となり、争いが生まれることもやむなしと指摘する。

同じ主義主張が、周りの社会の情勢によって変容していくさまを予想した祖父と、それを肌で実際に捕らえている孫。
著者は作品の中から漱石の思想を撚りだし、著作権の切れた(この問題も夏目家には大波乱を巻き起こしたらしい)現代社会に漱石の代理として広く問うている。
それができるのは、彼という血筋を受け継いでいるものにしか為せる業ではない。
少なくとも私にはそう読み取れる。

本著は漱石の作品を、だから時系列で社会情勢と照らし合わせながらひとつひとつ検証している。
3作品しか(しかも一つは途中挫折した)読んでいない私にはそれぞれの解説に、はたと膝を打つという境地までには至らない。

新聞連載された3部作として、何かがおきそうでおきない寸止めラブ『三四郎』、おきてしまう『それから』、おきてしまった過去のおかげで何もおきて欲しくない夫婦の何もおきそうにない小説『門』と言われても、ピンとこないのである。

その中で、著者も全部は読んでいないという『文学論』は、漱石の作家活動の構想の根源とも言うべき作品だという。

西洋文化の根っこを持たない日本人としての漱石が、英文学を勉強することへの違和感、異邦人が英文学を研究することへの疑問などを包括して結局文学とは何かという普遍的な課題を掲げているが、漱石が留学を果たした1900年と、インターネットで瞬時に海外と繋がることが出来る現代とでは異国の文学への親和性も格段に違うだろう。

変貌した今を生きる孫が、受け継いだ祖父の血を現在形に直して模索していく意味がそこにある。

そもそも文学が歴史的、社会的に持つ意味や価値、もっと大きく、それでは世界にとって文学は意味があるのかという倫理からスタートしたという漱石。

「科学とはHow を問い、Whyを問わない」という幾度か登場する比喩。
では文学はWhyを問う使命を全う出来ているのだろうか。

もう完璧に哲学の世界である。

図らずも口幅ったく英文学を・・・などと日本でほざいている自分が何も知らないことをざっくりと切り裂いてくれるであろうこの『文学論』を読んでから、私は海を渡ろうと思う。



著者も祖父の研究のために作品を読まねばならなかった自分の読書を顧み、「本というのは、その人と出会うべき時にうまく出会うのが幸せなのだ。(必要があって読む時には邪念が入る)」と言っている。

そういう意味で、またここで本著に出会えたことを幸せに思う。

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軽井沢、一握の塵 [マイハーベスト]

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クリスマスツリーを午前3時までかかって撤去し(飲みながらの一人作業なので果てしない)、近所の工務店から毎年頂く突きたての餅シートを私が縦に、夫が横に(帝王切開は横に、がワザである)切り捌き、クリスマスパーティが終わった途端に山を切り崩すように押し寄せてくる年末の慌ただしさをようやく脱して軽井沢へ来る。
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大晦日まで当直の夫を残しての先発隊、一人と二匹である。
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(到着するなり、テレビ前のオットマンに当然のように陣取るお二方)



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前夜は再度雪という情報に、11月の災害派遣の失態を思い出して震え上がり、現地の知人にナビゲートしてもらいながらの碓氷峠越えであったが、意外にすんなり到着である。

山荘はごく弱く床暖房を入れて帰ったおかげで、日中でも氷点下という外気が忍び込むこと無く、ほんわりと温かで快適。
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夏前に施した防音室工事は、音だけでなく寒さを遮断する効果も抜群である。

余談だが、ヨーロッパではよく見かけるこのタオルウォーマー、本当に優秀。
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タオルとバスマットがふんわりと幸せいっぱいに暖まるだけでなく、寒いはずのバスルームの脱衣スペースがほんのり暖房される。
日本であまり普及しないのはなぜなんだろうと思う。



到着した夜はいつものように馴染みの鮨屋へ、森の闇のきんと冷えた空気を切り開いて歩いていく。
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格別のネタと熱燗でようやく今年最後の休みに入った実感が湧き、涙が出そうに安堵する。
まだ渦中の夫には返す返すも申し訳ない。



一ヶ月前のドカ雪騒ぎがウソのように、年末の軽井沢は晴天が続く。
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買い物がてら旧軽銀座へプラプラ歩いていくが、路面を見る隙もないような夏の大混雑が想像出来ない長閑さである。
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この時期開けている店はごく僅か、山荘近くのレストランのモルドワインとカレースープで暖まる。
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なんのためにこの寒い時期に軽井沢で年越しかというと、ビザ取得のためパスポートを召し上げられて海外へ行けないのと、思い切りドラムを練習したいからである。
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しかしあんなに練習出来なくてじりじりしていたのに、目の前にドラムがあるという安心感だけで結局ソファに沈んで本を読んだり、映画を観たりしてしまう。
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読みかけのイーヴリン・ウォーは期待通り、諷刺の効いたロマンと冒険という独特のクッションの中に読者を誘い込むのだ。


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「一握の塵」(イーヴリン・ウォー/奥山康治訳/彩流社)


翻訳物を読む時に、原文の風合いがどこまで反映されているのだろうかということはいつも気になる。
本著は非常に読み易い邦訳で、ストーリーを楽しむには十分。
しかしそこで英米読者ファンのツボである皮肉なニュアンスを持った文章であるかどうかまでは分からないというのが正直な感想だ。

文化として文学が音楽や絵画の持つ公汎性に欠けるのは、言葉の壁がなかなか越えられないからだ。
ノーベル文学賞選考が毎年物議を醸すのも、そこが公平性に影響するからではないかと思う。
架け橋である翻訳物はそのインドア的な部分をこじ開けて、訳者のセンスというひと味も楽しみつつ、中身(=文章のニュアンス)をつかみ出すような感覚で読んでいく。

全世界共通の感情になりにくい分、文学には自国民が満足する風俗思潮が顕著に現れる。
これがフランスだろ!これがアメリカだろ!という文学に時折出会うが、イギリスならそれはこのウォーだと思う。
(まあ、シェイクスピアを持ち出されるとひとたまりも無いのだが)

本著のスタートはウォーお得意の英国貴族のデカダンスに彩られたスノッブ社会。

ロンドンから少し離れた、いわば埼玉あたりのヴィクトリアンゴシックの館に住むトニィ・ラーストは、美しい妻が「勉強のため」と称してロンドンにフラットを借りている本当の意味が分かっていない。
館の運営に四苦八苦しながらも、妻の我が儘には寛大な懐をさらけ出す。

何だかどこか似たような家を知っていると、ふと思う。

一人息子の事故死をきっかけに妻の不貞を知ることとなったトニィは、この期に及んで離婚訴訟が妻に有利になるように芝居までするお人好しである。

しかし、その彼が英国貴族という名を背負った途端、アビー存続のために離婚を拒否していきなり南米へ渡り、舞台が反転する。
この突然な渡航話は前述した「スクープ」と同じだ。

英国上流社会の馬鹿馬鹿しいまでのおすましに付き合って楽しんでいた読者は、一気にサバイバルなジャングル生活のお供をすることになる。
そこで九死に一生を得たかのように思われたトニィに、予想もしない結末が訪れる。
1930年代の南米ギアナとロンドンを同時中継するような描き方がジャーナリスト出身という彼の出自を思わせる。

一部屋一部屋にトマス・マロリィの「アーサー王の死」の登場人物の名前のついた(本著はこの古典文学の現代版パロディだという評もある)英国ゴシック建築のアビーや、会員かどうかでソサエティのランクが決まるという正装の紳士だけが集うロンドンのクラブ。
典型的な英国趣味の最中に自身も身を置きながら、ウォーはその滑稽さを第三者の目で冷静に描き出す。

誰も悪い人はいない。

何度も繰り返されるフレーズのとおり、決定的な悪人はどこにもいない。
絶望的な結末はどこかペーソスに満ちている。
(アメリカ雑誌掲載時の平和な結末も最後に付記されているが、これでは趣向が台無し)

体裁を気にしつつその滑稽さに気付かず、それでも与えられた人生での役目を大真面目に果たそうとする人びとを生き生きと描く彼の筆は、どの作品においても全く遜色が無い。

折しも2016年、ウォー没後50周年だそうだ。

原文で読めたらどんなに面白いだろうと思う。




大晦日である。

二月に父が亡くなり、還暦を迎え、私は人生の舵を大きく西へとることにした。

この歳で、まさに言葉の壁を乗り越えて新しい社会に飛び込むことに不安が無いといえば嘘になる。
そこで得るものに大いなる期待を寄せなければ心が折れる。

生まれて初めて一人で生活すること、英文学を原文で読めること、奇しくも来年EU離脱という進路に踏み出す憧れた英社会がどんなものか見届けること。
本著はもう一度、その目標を喚起してくれた。

人生で出会う本は、必ずそれが必要な時に自分のもとへやって来る。

その思いを強くした。



ようやく年内の仕事を終えた夫が、軽井沢駅に到着する。

2016年もパチュリをお読みいただき、本当にありがとうございました。

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ふじみ野、悪癖の科学 [マイハーベスト]

美しい季節が来た。
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東京中が宝石のように煌めき出す。
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折しも寒波が列島襲来。
キンと冷えた空気が瞬きを一層クリアに映し出す。
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このひと月によくもこれだけやることを詰め込んだと感心するくらい、12月という月は忙しい。
年末年始の準備に加え、孫達の誕生日とクリスマスが同時襲来するので、プレゼントのリサーチには労力と購買力を費やす。
自分が日本の資本主義構造の一端を担っているという実感がひしひしとする。
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つい先日◯マハの鍵盤楽器レッスンに白旗を揚げた最年長の孫へはウクレレを。
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彼が4歳の時からずっと付き添って通わせてきて、楽譜が読めていないのに気付きつつもスルーしてきたことが、カデンツの習得に大きく影響した。
前述の武満徹の本を読むと、楽譜が読めないことやクラシックの調和音を知らないことは、音楽の感性に何も影響しないであろうことは理解出来るが、やはり◯マハという西洋音楽システムの中にその子を置いておくのは見るに忍びない。

コードさえ覚えれば楽譜が読めなくでもカデンツを知らなくても楽しめるギター類の中で、一番簡単でサイズも小さく音が楽しげなウクレレを、友人のアドバイスを経て選ぶ。

弦楽器はまたマイノリティの問題が引っかかり手を出せないでいたが、孫に手渡すのにハウツーをちょっと付属の教本で予習してみたら、単音なら簡単に一曲弾けたりする。
この間口の広さが素晴らしい。
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音楽の楽しさ、それも聴くだけじゃなく自分で楽器を演奏する楽しさを知ってることって、それを知らない人生より確実に面白いと私は思う。
音楽と喜怒哀楽を分かち合い、それを表現する手段を持つことはそんなに難しいことじゃない。
孫の白旗はそれを私に教えてくれ、心は軽やかである。



さて季節に関係なくお酒は飲むが、毎年この月だけは自分の血中アルコール度数が異常に濃くなっている実感がある。
それほど連日飲み会が重なる時期でもある。
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人間はなぜ二日酔いという悪魔や数々の失敗談を抱えながらも、なぜ酒とすっぱり縁を切ることが出来ないのだろうか。
そこには何か、失敗を上回る効用が酒にあるからなのではないだろうか・・・

・・・・というような、酒、セックス、ストレス、さぼり、悪態といった、日頃社会で薄暗さの中に曖昧に存在している事象へはまり込んでいく人間心理を、数々の実験と共に解析している本が今月の読書会の課題である。

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「悪癖の科学」(リチャード・スティーブンス著/藤井留美訳/紀伊国屋書店)


著者は英国キール大学心理学講師。
2010年「悪態をつくことにより苦痛を緩和する」研究でイグ・ノーベル賞受賞。

イグ・ノーベル賞というところで、ドクター◯松のようなキワものを想像してはいけない。
対象が何となく後ろめたい行為であるというだけで、中身は科学的にその潜在価値を突き止めようとする心理学者の挑戦である。
そのため文系の海に沈み込んでいる私には、完璧に掬い取れなかった部分があるかも知れない。

例えばイグ・ノーベル賞に輝いた「悪態の効用」。

小さな産院である自分の仕事場で日がな一日過ごしていると、陣痛に耐えているクライエントのうめき声が洩れ聞こえたり、ある時は誰もがぎょっとするような叫び声がクリニック中に響き渡るのは日常茶飯事だ。
クライエントさん達は陣痛が引くとご自分のあられもない叫び声を恥じるし、退院時のアンケートにも「大騒ぎしてすみませんでした」とのコメントが書かれているものしょっちゅうである。

この時に何を叫んでいるかというと、それは決して痛みへの上品な嘆きではなく、普段は決して聞かないような汚い言葉だったりすることが多い。
妻の出産に立ち会ってその場面を目の当たりにした著者は、「なぜ人は痛みに苛まれた時、汚い言葉で罵ってしまうのだろう」という疑問が大学へ戻ってからも頭から離れなくなる。

それは単なる痛みへのフラストレーションなのか。
それよりも、罵詈雑言には痛みを抑制する作用があるのではなかろうか・・

仮説を立て、数年かけて実験手法を練る。

心理学では人を脅かすような痛みやストレスを与える実験は禁忌とされているので、まずは氷の入ったバケツに数分間手を浸すアイスバケツ・チャレンジというストレスを被験者に与える。
その結果は「ファック」「シット」といった侮蔑的な言葉を多く発した被験者の方が長くバケツに手を浸していられ、心拍数も増大した。
次の実験ではゴルフゲームをした後の被験者よりも、シューティングゲームの後の被験者の方が長い時間耐えられた。
つまり、悪態が攻撃感情を高め、闘争・迷走反応を引き起こし、対痛限界を引き上げると考えられる。

このように、ある仮説を立て、実験手法を練り、仮説を証明する。
その現場が、対象が対象だけにユーモラスな文章で語られる。

この悪態の項の最後には、墜落した飛行機のフライトレコーダーからパイロットの最後の言葉だけを集めた壮絶なサイトも紹介されている。
www.planecrashinfo.com/lastwords.htm
死を目前にした極限状態で出るのは、やはり侮蔑語・卑猥語であるらしい。

つまりゆりかごから墓場まで(この例えはまずいが)、生と死のせめぎ合いに何時も悪態は寄り添っている、と結ばれている。

このようにほの暗いさまざまな事象にまつわる心理実験を紹介している本著だが、もちろん仮説通りの結果がでないこともあり、心理学というものが人間の主観という個別差のあるものを科学的に実証することであるとするならば、その難しさが一冊を通して伝わってくる。

最後の章には臨死体験という超科学現象を、科学の網が捕らえることが出来るのかというチャレンジも掲載されている。

心理学や科学はどこまで人間や人生という複雑な問題提起を解析、克服出来るのだろうか。
その限界を問いかける著者の謙虚な姿勢が好ましい。

哲学と同じで、人間の感情という極めてパーソナルな支配者を絶対的なセオリーで組み敷くという学問そのものの存在に魅了される。



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